ドッグフードの栄養添加物(硫化鉄)

ドッグフードの栄養添加物(硫化鉄)

硫化鉄は、鉄分の強化を目的として、ドッグフードやワンちゃん用のサプリメントなどに添加されることのある物質です。 「硫化」とは、硫黄とその他の物質が結びつく反応のことを意味します。 つまり硫化鉄は、硫黄と鉄が結合してできた化合物です。硫黄と鉄を混合し、熱を加えることによって硫化鉄が出来上がります。 中学校の理科の授業で、硫黄と鉄の粉を加熱して硫化鉄を作り出すという実験を行った記憶のある方も多いのではないでしょうか。 硫化鉄の構成成分であるは、ワンちゃんの体に必須のミネラルです。 ミネラル類は、その物質そのものを直接摂取しても、なかなか体内に吸収されません。 そのため、硫化鉄などの化合物に変化させ、体の中で利用しやすい性質に変えてあげることが必要なのです。

硫化鉄とは

ドッグフードから黒豆の調理にまで利用される

おせち料理には欠かせない黒豆の煮物です。古釘などの鉄イオンがアントシアニンを豆の中に留めることにより、艶やかで真っ黒な色に煮上がります。

硫化鉄は、犬を始めとする小動物や魚用のフード類に栄養添加物として用いられる他、ヘアカラーやファンデーション、アイブロウといった化粧品にも使用されています。 また、市販されている黒豆の煮物の中には、古釘の代わりに硫化鉄を入れて煮込んだ物もあります。 日本では古くから、黒豆を煮る際に、古びた釘を一緒に鍋に入れて煮るという調理法が行われてきました。 これは、黒豆の色落ちを防ぎ、本来の美しい真っ黒な色を保つための方法です。 黒豆の色は、ポリフェノール(※1)の一種である、アントシアニンに由来します。 抗酸化作用(※2)を持つ他、目の健康に役立つとも考えられているアントシアニンですが、水に溶けやすいという弱点があります。 黒豆を長時間煮込んでいく過程で、アントシアニンはどんどんと煮汁に溶け出してしまうのです。当然、でき上った煮豆は薄ぼんやりとした色をしており、見た目の美しさは損なわれます。 この状態を防ぐために、古釘を入れて黒豆の色抜けを防ぐのです。 古釘が持つ鉄イオンには、アントシアニンを黒豆の中に定着させる作用があります。 そのため、アントシアニンが煮汁に溶けにくくなり、黒豆本来の色を保ったまま、調理することができるのです。 しかし、古釘には錆などのイメージがどうしても付きまとい、「食べ物に使用するのは不衛生である」と抵抗感を感じる消費者も多く存在します。 そのため、食品メーカーでは、古釘の代わりに硫化鉄を用いることがあります。

※1 ポリフェノール・・・ポリフェノールとは、植物が有害な紫外線や動物・昆虫・微生物などの食害から自分の身を守るために、体の中に宿す抗酸化作用を持った成分の総称です。野菜の苦味や渋味は、このポリフェノールによるものです。黒豆や赤ワインなどに含まれるアントシアニンを始め、お茶のカテキン、大豆のイソフラボン、そば(蕎麦)のルチンなど、ポリフェノールにはさまざまな種類が存在します。

※2 抗酸化作用・・・活性酸素を除去、もしくは無害化する働きのことです。活性酸素とは、ふとした刺激で変質しやすい構造を持った、不安定な酸素を意味します。活性酸素は、細菌類や有害物質から体を守ってくれる一方で、体内の脂質を酸化させ(錆び付かせ)、過酸化脂質に変容させるのです。過酸化脂質は、連鎖的に体中の細胞までも酸化させ、機能低下を引き起こします。その結果、アレルギーや高血圧、ガン、老化促進などといった、さまざまな健康被害のリスクが上昇します。

硫化鉄を含む鉱物

硫化鉄は、鉱物として自然界にも存在します。 硫化鉄を含む鉱物にはいくつかの種類があり、それぞれ異なったタイプの硫化鉄が得られます。

磁硫鉄鉱(じりゅうてっこう)

光沢があり、赤みがかった茶色、いわゆるブロンズ色をした鉱石で、ピロータイトという別名もあります。 硫黄と鉄から成り、名前の通り、強い磁性を持っています。硫黄と鉄の含有比率は、わずかに鉄が少なめです。 ドイツやイタリア、ノルウェー、アメリカ、カナダなどが産出国として有名です。 磁硫鉄鉱からは、硫化鉄(II)(りゅうかてつ・に)と呼ばれる、淡い褐色の結晶を持つ硫化鉄を得ることができます。

黄銅鉱(おうどうこう)
黄銅鉱(チャルコパイライト)です。酸化によって変色し、表面が虹色に輝いていることが分かります。

黄銅鉱は、硫黄と鉄、そして銅から構成されています。 銅を含んだ鉱物の中では、日本で最も多く確認できる種類です。 金属のようなツヤを持ち、金色にも見える黄色をしていますが、空気に長期間さらされると酸化し、表面が美しい青や赤、紫色に輝きます。 チャルコパイライトやカルコパイライトなどとも呼ばれ、銅を得る目的で採掘されることの多い鉱石です。 硫化鉄(III)(りゅうかてつ・さん)という、不溶性(水に溶けにくい)の黒い色をした硫化鉄が含有されています。

黄鉄鉱(おうてっこう)
鉄と硫黄から成る黄鉄鉱(パイライト)です。黄金色に光る外観から、金と見間違える人が多かったといわれています。

パイライトという名で呼ばれることの多い、鉄と硫黄で構成された鉱物です。 黄銅鉱と同じように、光沢のある黄色味を帯びていますが、黄鉄鉱の方が色が淡く、硬度が高い(=傷付きにくい)という違いがあります。 昔から、黄鉄鉱の外観を金(きん)と見間違える人が多く、「愚者の黄金」や「馬鹿者の金」を意味する「Fool's gold」という不名誉なあだ名が付けられています。 しかし、多くの鉱山で見つけることのできる鉱石であり、金ほどの価値はありません。 二硫化鉄という名の黄金色の硫化鉄から成る黄鉄鉱は、邪気を払ってくれるなどと言い伝えられており、ブレスレットなどのアクセサリーにも加工されています。

犬の必須ミネラル「鉄」

鉄を原料とするヘモグロビンとミオグロビン

硫化鉄から補給できるミネラルである鉄(元素記号:Fe)は、赤血球の中のヘモグロビンの材料となります。 ヘモグロビンは血液の流れに乗って全身を巡り、体の隅々にまで酸素を届けるという大切な役割を持つタンパク質の一種です。 ヘモグロビンには、体に不必要な二酸化炭素を回収し、肺まで届けるという役割もあります。

鉄が原料となるのはヘモグロビンだけではありません。 筋肉の中に存在し、ヘモグロビンから酸素を受け取り貯蔵する役目を持つ、ミオグロビンの構成要素ともなるのです。 ミオグロビンは、運動時など、ワンちゃんの体内に酸素が足りなくなると、自らの酸素を供給します。 もしもミオグロビンが存在しなければ、少し動いただけでも酸欠を起こしてしまい、長時間運動し続けることは不可能です。

ミオグロビンの重要さを語る上で、最も分かりやすい例は「マグロ」ではないでしょうか。 マグロは「泳ぐことをやめると死んでしまう」魚であるといわれますが、これはたとえ話ではなく事実です。 マグロは常に口を開けて泳ぎ続けることによって、海水に溶けた酸素をエラから取り込んでいます。つまり、泳ぎをやめることは、呼吸ができなくなることと同じなのです。 常に動き続けるマグロの驚異的な持久力を支えているのが、ミオグロビンです。 マグロの身は全体的に赤いですが、特に赤黒い「血合肉(ちあいにく)」と呼ばれる部位も多く存在します。 血合肉の正体は、ミオグロビンが多く含有された筋肉である「血合筋(ちあいきん)」です。 血合筋やマグロの身の赤さは、ミオグロビンに含まれた鉄が酸素と結び付いて、錆びた色なのです(※3)。 ミオグロビンが大量に体内に存在することにより、マグロは疲弊することなく泳ぎ続けることが可能となります。

※3  ミオグロビンと同様にヘモグロビンも、鉄の錆由来の赤い色をしており、これが血液が赤く見える理由です。もしも血中から全てのヘモグロビンを取り除いたとしたら、血液は薄い黄色をしています。

鉄は、ワンちゃんにとっての必須ミネラルです。 必須ミネラルとは、その栄養素が欠乏してしまうと健康を損ね、きちんと摂取すると不調が回復することが確認されている、動物が生きていく上で不可欠なミネラルを意味します。

必須ミネラルには、健康維持のためにある程度の量が必要な多量ミネラルと、わずかに摂取すれば足りる(多すぎると逆に健康を損なう恐れがある)微量ミネラルがあります。 鉄は、微量ミネラルに該当する栄養素です。 微量とはいえ、ワンちゃんは、私たち人間よりも多くの鉄を必要とする動物です。 成人男性の血清中の鉄濃度は、1dL当たりおよそ55~190μgですが、ワンちゃんにおいては73~273μg程度であるといわれています。 ちなみに「μg(マイクログラム)」は100万分の1グラムを表す単位であり、1μgは0.001mgです。 鉄の要求量は体の大きさや状況(成長期、妊娠期など)によっても異なりますが、犬は最高で人間の1.5倍近い量の鉄が必要であるということが分かります。

鉄の欠乏は貧血や皮膚・被毛の不調を招く

鉄は、血液や骨髄、筋肉、肝臓、脾臓など、体内に広く分布している栄養素です。 そして各場所において、コラーゲンの生成免疫機能の活性化、体内を錆び付かせる活性酸素の除去などにも活躍しています。 さまざまな役割を持つ大切な鉄の体内濃度を一定に保つことができるように、ワンちゃんの体は、不足に備えて鉄を貯蔵しています。これが「貯蔵鉄」と呼ばれるものです。 鉄が足りなくなった時には、まずはこの貯蔵鉄が利用されます。 それでもまだ足りない場合には血液中の鉄が使われ、最終的には赤血球に存在する鉄までもが消費されてしまうのです。 こうして起こる症状が、鉄欠乏性貧血です。 貧血は、体の各器官に酸素が十分に届かなくなることにより、多くの症状が現れる疾患です。 代表的な症状には、以下のようなものが挙げられます。

  • 疲れやすくなる
  • 活発だった犬が、動くことを嫌がるようになる
  • 少し動いただけでも息が切れる
  • 寝ている時間が増える
  • 下痢気味になる
  • 食事やおやつを残すようになる(食欲低下)
  • まぶたの裏側や歯ぐき、耳の中などの色が薄くなる

貧血は、ワンちゃんの活動性の低下や皮膚の色など、比較的わかりやすい症状として現れます。 お散歩が一番の楽しみであった愛犬が、散歩を喜ばなくなったり、歯磨き時にいつもより歯ぐきの色が白っぽいなどといった異変から、気付くことが可能です。 貧血になると、心臓が酸素を全身に何とか届けようとフル稼働して血液を送り出すようになります。そのため心拍数が上昇し、心臓にも負担がかかるため、早めに気付いて対処してあげることが大切です。

鉄欠乏になると、コラーゲンも十分に作られなくなります。 コラーゲンは、あらゆる組織の中に存在するタンパク質の一種です。皮膚や粘膜、骨、血管などに弾力性を与え、形を保つ働きを持っています。 そんなコラーゲンが不足することにより、

  • 口の中や胃の炎症が起きやすくなる
  • 皮膚が荒れがちになる
  • 被毛がパサつきツヤがなくなる
  • 血管が弱くなり、内出血が起こりやすくなる(皮膚のアザとして確認できることもあります)

など、さまざまな影響がみられます。 また、見た目ではわかりにくいですが、頻繁に頭痛が起こるのも、鉄欠乏の症状のひとつです。

メスのワンちゃんは、オスに比べて貧血を起こしやすく、その確率は2~4倍にものぼるといわれています。 メスは平均して年2回の生理(ヒート)がありますし、妊娠や授乳期には鉄分を赤ちゃんに供給しなければなりません。 一生の間に、「命を育む」という大きなイベントを経験する可能性の高いメスのワンちゃんは、オスに比べて鉄分を失う機会が多いのです。 そのため、妊娠期から子育て期に当たるお母さん犬や、成長期の子犬には、通常の成犬よりも多くの鉄を補給してあげる必要があります

栄養素の必要量は固体差もありますが、一般的にワンちゃんが必要とする1日当たりの鉄の摂取量は、

  • 成犬・・・体重1kg当たり1.32mg~1.4mg程度
  • 妊娠、授乳中の母犬、子犬・・・体重1kg当たり2.64mg程度

であるといわれています。

普段から手作りのごはんを与えていても、妊娠や授乳期間、子犬の成長期などは、栄養バランスに頭を悩ませてしまうご家庭も多いことでしょう。 現在では、鉄分の要求量が増える時期(妊娠・授乳期、子犬用など)に適したドッグフードも販売されており、鉄以外の栄養素やエネルギー量も高めに設計されています。 「愛犬の大切な時期に、必要な栄養素を満たしたごはんが作れるか不安」という飼い主さんは、特に食事に気を配らなければならない時期にだけ、こうしたフードを利用するというのもよいでしょう。

血管への鉄の注入、サプリメントの摂り過ぎは過剰症のリスクがある  

鉄が過剰になると、下痢や嘔吐、食欲不振にともなう体重の減少、他のミネラル類(亜鉛・銅・リン・マンガンなど)の吸収を阻害するといった害が現れることがあります。 とはいえ、鉄の過剰症は起こりにくいため、必要以上に心配する必要はありません。

鉄の吸収率は低く、吸収性に優れるヘム鉄(※4)でも高くて30%程度、非ヘム鉄(※5)に至ってはわずか5%程度しか体に吸収されないといわれています。 また、体内の鉄分濃度が満たされているタイミングで、新たに鉄分を補給しようとすると、吸収率はさらに低下します。 したがって、通常の食事を摂っている限りはワンちゃんに鉄の過剰症が起こる心配はあまりありません。 必要のない鉄の大半は便として排泄されますし、剥がれ落ちた皮膚や汗(※6)の一部としても体外へと出ていきます。 また、量は少ないながらも、不要となったミオグロビンは尿と一緒に排泄されます。 鉄はこのように、過剰症が起こらないようにしっかりとコントロールされているミネラルなのです。

しかし例外的に、注射や点滴などを用いて、鉄を血管内に直接注入すると、過剰症が誘発される可能性があります。 加えて、鉄が配合されたサプリメントを大量に摂取させることにも注意が必要です。 鉄の補給を目的としたサプリメントは、授乳期の母犬など、特別な状況のワンちゃんに一時的に使うことはあっても、漫然と与えることは避けるようにしましょう。

※4 ヘム鉄・・・肉類や魚肉などの動物性食品に多く含まれる鉄分です。タンパク質と結びついた構造をしており、体内吸収率が高いことが特徴です。ただし、食品の種類ごとに吸収率に差はあります。

※5 非ヘム鉄・・・野菜類や海藻類に含まれる鉄分です。亜鉛や銅と競合し、互いが吸収されることを阻害し合う性質を持っており、吸収性は期待できません。動物性のタンパク質やビタミンCを一緒に摂取することで、わずかながら吸収率をアップさせることが可能です。

※6 ワンちゃんは、汗の産生や排出を司る汗腺が未発達であるため、多くの汗をかけない動物です。しかし、全く汗が出ないわけではなく、鼻の頭や足の裏には汗腺が存在します。

まとめ
硫化鉄と、ワンちゃんの必須ミネラルである鉄についてご説明しました。 鉄は、皮膚や骨を丈夫に保つうえでも、ワンちゃんが元気に活動するうえでも非常に大切な栄養素です。 過剰摂取よりも欠乏による悪影響が心配される鉄は、硫化鉄などの体に吸収されやすい形でドッグフードに添加されています。 硫化鉄に含まれている「硫黄」の存在に、抵抗感を覚える飼い主さんもいらっしゃるかもしれません。 確かに硫黄は、「卵の腐ったような」と表現されがちなニオイや、「温泉」などのイメージから、食品とは結び付けにくい物質です。 しかし硫黄も、ワンちゃんにとって必要な栄養素のひとつなのです。 硫黄は、アミノ酸の構成成分となり、被毛や皮膚、爪の合成にかかわります。 「硫化鉄」という化学的な名称だけを見ると、「犬の体にとって本当に必要な成分なの?」と不安になりがちですが、その物質が何から構成され、どのような働きを持つのかを知ることによって、愛犬に安心して与えられるようになるのではないでしょうか。