ドッグフードの栄養添加物(硫酸鉄)

ドッグフードの栄養添加物(硫酸鉄)

ドッグフードの原材料欄の中に、「硫酸鉄」という名称を見かけたことはないでしょうか。 「硫酸」と「鉄」という、なんとも危険な雰囲気の漂う字面ではありますが、硫酸鉄はれっきとした食品添加物です。鉄分補給を目的としてドッグフードのみならず、人間用のサプリメントや栄養ドリンク類にも頻繁に使用されています。 ここでは、硫酸鉄とはどのような物質なのか、また、硫酸鉄によって摂取できる鉄分について、詳しくみていくことにしましょう。

硫酸鉄の概要

ドッグフードに使用されるのは「硫酸鉄(II)」

硫酸鉄は構造の違いによって、「硫酸鉄(II)」と呼ばれるものと、「硫酸鉄(III)」と呼ばれるものに大きく二分されます。 「硫酸鉄(III)」は、日本において食品に添加することが認められておらず、顔料(プルシアンブルー)や媒染剤(※1)の原料として用いられています。

※1 媒染剤・・・布地を染料で染める際に使用される薬です。金属イオンの作用で、染料を水に溶けない性質に変化させることにより、繊維の中から色が出ていかないようにするために使われます。これにより、色素が繊維の中に定着し、洗濯時の色落ちも防げるのです。

ドッグフードに使用され、食品添加物としての認可も受けている硫酸鉄は、「硫酸鉄(II)」です。 したがって、ここからは「硫酸鉄(II)」のことを「硫酸鉄」と呼び、解説していきたいと思います。

硫酸鉄は、鉄と希硫酸を反応させて合成される化合物です。 硫酸鉄には、結合している水分子の数によって、一水和物や五水和物など(「一」や「五」は、水分子の数を表します)、いくつかの種類が存在します。 その中で最も一般的で重要なものは「七水和物」と呼ばれる硫酸鉄です。 七水和物は、ブルーグリーンの色味を持った粉末や結晶として存在します。 硫酸鉄は乾燥や湿気、高温(30℃以上)など、苦手なものが多く、こうした環境に置かれることで容易に変色してしまう性質を持っています。

鉄分補給源の他、脱臭剤や色止めにも使われる

硫酸鉄は、ミネラルである鉄の補給を目的として、ドッグフードに配合されています。 また、栄養補給のサプリメント(犬用も人用もあります)や、栄養ドリンク(人間用)などに添加されることもあります。 その他にも「硫酸鉄(III)」と同様に媒染剤や顔料として使われたり、医薬品、消毒剤、木材用の防腐剤に活用されるなど、用途は多彩です。 硫酸鉄には、アンモニアや硫化水素といった不快な臭いを発する物質を吸着する働きもあり、脱臭剤や下水の処理にも使われています。

私たちの最も身近なところでは、黒豆の煮物やナスの漬け物などにも、硫酸鉄は利用されています。 硫酸鉄を黒豆を煮る際に用いることで、濃くはっきりとした黒が発色し、その色を長く保つことが可能です。また、ナスの漬け物では、皮の鮮やかな紫色の色褪せを防ぐために用いられています(色止めの効果)。 ドッグフードや人間用の食品に硫酸鉄を使用する場合、表示名は「硫酸鉄」、または「硫酸第一鉄(硫酸鉄(II)の別名です)」となります。

硫酸鉄は、鉄分強化に使われる添加物の中において、水溶性鉄というグループに分類されます。 水溶性鉄とはその名の通り、水に溶ける性質をもった鉄分を表しており、グルコン酸第一鉄やクエン酸第一鉄分ナトリウムなど、いくつかの種類があります。 水溶性鉄は体内での吸収性が高いというメリットがあるのですが、組み合わせる食材によっては変色したり、性質が変わってしまうことが欠点です。 また、鉄が主成分であるため、「血液のような」錆くさい風味がしてしまいます。

こうした水溶性鉄の弱点をクリアしたものに、ラクトフェリンやヘム鉄など、動物由来の鉄分を用いた有機鉄があります。 ラクトフェリンは、免疫力アップやウイルスの増殖抑制など色々な働きを持ちますが、含有される鉄の吸収性が優れていることでも有名な成分です。 ヘム鉄は動物性食品に含まれており、非ヘム鉄(植物性食品に多く含有されます)の5~6倍程度の吸収率を誇ります(ヘム鉄と非ヘム鉄については、「鉄を効率的に摂取するにはヘム鉄がおすすめ」にて詳しくご説明します)。 これら有機鉄は、水溶性鉄よりも他の物質との反応性が低く、血のようなにおいもありません(ただし、人によっては、動物的なにおいが気になるというケースはあります)。 一見、良いことずくめのように感じる有機鉄ですが、価格が高いため、さまざまな商品に気軽に使用できないというデメリットもあります。

硫酸鉄からできた緑礬はお歯黒に用いられた

硫酸鉄は、はるか昔から明治時代にかけて行われていた化粧法、「お歯黒」にも使用されていました。 お歯黒はその名の通り、歯を真っ黒に染める化粧のことです。 身分の高い女性の身だしなみ、男性の顔を女性的に優し気に見せるため、成人女性の目印と、お歯黒を行う目的は時代によって異なります。 中でも最も有名なものは、江戸時代の既婚女性が、「夫以外の男性の色には染まりません」という誓いを込めて行ったケースでしょう。 彼女たちは、硫酸鉄と石灰(またはカキ殻を燃やして作る貝灰)、タンニンを含む五倍子(ごばいし)(※2)などを混ぜ合わせた物を歯に塗り、黒く着色していたのです。

お歯黒には、緑礬(ろくばん)やローハと呼ばれる天然の鉱物に含まれている硫酸鉄が使用されました。 緑礬は硫酸鉄を主成分とし、水に溶ける性質を持ちます。 含まれている成分のバランスによって、鮮やかな黄緑色から、淡いブルーグリーン、黄色がかった薄茶色など、さまざまな緑礬が存在します。 粒状や粉末状のものが一般的で、量は少ないながらも、日本全国で採掘できる石です。 緑礬の水溶液がタンニンと反応すると、黒い色を呈します。このメカニズムを利用して、お歯黒が行われてきたのです。

※2 五倍子(ごばいし)・・・ウルシ科の植物「ヌルデ」に、アブラムシが寄生することによって発生する、若葉の瘤(こぶ)です。植物が、紫外線や捕食者から自分を守るために作り出すポリフェノールの一種である「タンニン」を多く含有しています。タンニンは、渋柿や栗の渋皮などの苦みや渋味のもととなります。

鉄というミネラルについて

酸素の供給に不可欠

この項目では、硫酸鉄から摂取できる「」というミネラルについてみていきましょう。 鉄は、ワンちゃんが必ず摂取しなければならない必須ミネラルのひとつであり、少しの量でも充分に働く微量ミネラルでもあります。 犬の体内では、ほとんど(90%以上)の鉄がタンパク質と結合した状態で存在し、血液や筋肉、肝臓、脾臓、骨髄など広範囲に分布しています。

血清1dL中に含まれる鉄は、

  • 成人男性・・・約55~190μg(※3
  • ワンちゃん・・・約73~273μg

であるといわれています。 数値に開きがあるとはいえ、全体的にワンちゃんは、人間よりも多くの鉄分を必要としているということがお分かりいただけるのではないでしょうか。

※3 μg・・・マイクログラムと発音し、100万分の1グラムを表します。すなわち、1μgは0.000001g(0.001mg)となります。

鉄は、グロビンというタンパク質の一種と結びつくことによって、ヘモグロビンとなります。  ヘモグロビンとは、赤血球の中に三分の一ほど存在する色素タンパクです。血液と一緒に全身を巡り酸素を運ぶことが、ヘモグロビンの大切な役割です。 さらに、体の各所で発生する老廃物(二酸化炭素)を行く先々で回収し、肺へと運搬してクリーニングするという働きも持ちます。

また、鉄はミオグロビンと呼ばれるタンパク質の材料としても活躍します。 筋肉の中に多く存在しているミオグロビンは、いわば酸素の貯蔵庫です。ヘモグロビンから酸素を受け取り蓄えておき、運動中などに体が酸素不足となると、自ら抱えていた酸素を放出して補給します。 このミオグロビンの働きのお蔭で動物たちは、少し動いたくらいではバテずに、元気に活動し続けることができるのです。 ちなみに、このヘモグロビンやミオグロビンによって、血液や筋肉は赤く見えます。 もっと正確にいえば、これら色素タンパクに含まれている鉄が酸素を抱え込んで錆び付き、赤く変色した色なのです。

細胞を錆び付かせて機能低下を引き起こし、高血圧や心臓病、ガン、アレルギーなどの発症要因ともなる活性酸素を、分解して無害化する際にも、鉄は活躍します。 さらに、免疫細胞に働きかけて体の抵抗力を上げることで、ウイルスや細菌類の感染による数々の病気から、ワンちゃんを守ってくれます。 また、鉄はタンパク質の一種であるコラーゲンの生成にも必要な栄養素です。 コラーゲンが十分に作られると、骨や血管が頑丈になります。さらにコラーゲンは、皮膚に弾力を与え、爪を丈夫にし、美しい被毛をキープするためにも役立ちます。 このようにコラーゲンは、愛犬の体の中と外、両面のコンディションを保ってくれる成分なのです。

鉄の欠乏は貧血を引き起こす

鉄の不足によって生じる、最も代表的な症状といえば鉄欠乏性貧血ではないでしょうか。 ワンちゃんの体内で鉄が足りなくなると、まずは鉄不足に備えて、肝臓などに蓄えられていた鉄(貯蔵鉄)が供給されます。それでも足らない場合には、血液の中に含まれている鉄が使われ、さらにヘモグロビンの鉄までもが利用され始めるのです。 貯蔵鉄も血中の鉄も空になり、あとはヘモグロビンの鉄しか供給源がない、という状況に置かれたワンちゃんは、かなり重い貧血状態となっている可能性があります。

鉄欠乏性貧血を発症すると、酸素が全身に行き渡りにくくなり、ワンちゃんに以下のような症状が現れます。

  • ちょっとした運動でも息を切らせる
  • 疲れやすくなる
  • 散歩が大好きだったにもかかわらず、散歩を嫌がるようになる
  • 気だるげに寝てばかりいる
  • 食欲が落ちる
  • 下痢をする
  • ヨロヨロと危なげに歩く
  • 爪がもろくなる
  • 歯ぐきや耳の中、まぶたの裏などが白っぽくなる

人間の場合、青白い顔色で貧血が分かることもありますが、全身を被毛に覆われているワンちゃんの顔色を見ることは難しいでしょう。 そのため、貧血の影響が分かりやすく出る、歯ぐきなどの色をチェックします。 普段はキレイなピンク色をしていた歯ぐきが白っぽくなっていたら、貧血を起こしているサインかもしれません。 しかしその色味の程度は、普段の色との比較になるため、ワンちゃんごとに若干の違いがあるでしょう。 「愛犬の歯ぐきが、普段どんな色をしているか知らない」という飼い主さんは、健康な状態の時のワンちゃんの歯ぐきや耳の中の色味を確認しておくことをおすすめします。

鉄欠乏は、貧血以外にもさまざまな悪影響を及ぼします。

  • 頭痛が頻繁に起こる
  • 血管がもろくなり、あざ(内出血)ができやすくなる
  • 抵抗力が低下し、細菌やウイルスを原因とする病気にかかりやすくなる
  • 口腔内や胃粘膜が弱まり、口内炎などの炎症を起こしやすくなる
  • 全身に血液(が運ぶ酸素)を送ろうと、心拍数が増加するため、心臓に負担がかかる

いずれもワンちゃんにとっては苦しく、これらの症状が長びけば、生活の質もダウンしてしまうことでしょう。 そのため、日頃から愛犬が鉄不足にならないように、食事に気を配ることが大切です。

成犬が1日に必要とする鉄の量は、体重1kgにつき1.32mgから1.4mg前後であるといわれています。 総合栄養食であれば、ワンちゃんが必要とする鉄分量がしっかりと配合されているはずです。 そのため、きちんと栄養調整されたドッグフードを食べている健康なワンちゃんであれば、鉄欠乏の心配はあまりないでしょう。 しかし、赤ちゃんに栄養を供給しなければならない妊娠中や授乳中のお母さん犬や、成長期の子犬の鉄分要求量は高く、体重1kg当たり2.64mg程度です。 この時期には鉄が不足しやすくなるため、いつも以上にごはんに気を遣ってあげる必要があります。  ドッグフードによっては、成長期や妊娠・授乳期のワンちゃんのために、各栄養素が多めに配合されている商品も販売されていますので、こうしたものを利用するのもよいでしょう。 また、ワンちゃんの状態に応じて、鉄分補給のサプリメントなどを与えるのも有効です。

鉄を効率的に摂取するにはヘム鉄がおすすめ

鉄分には、ヘム鉄非ヘム鉄の2種類が存在します。 肉類や魚肉などの動物性食品に多く含まれているヘム鉄は、タンパク質と結合しており、生体内における吸収性が高めであることが特徴です。 例えば、牛肉に含まれるヘム鉄の吸収率は、およそ30%といわれています。対する非ヘム鉄の吸収率は、平均して5%程度です(食材によって多少変動します)。 動物性食品は、効率の良い鉄分摂取に非常に適した食材なのです。

非ヘム鉄は、野菜や海藻類といった植物性食品に含有されています。 こちらは吸収される際に、鉄以外のミネラルと競合し、互いの吸収を邪魔し合うのです。 競合相手(銅や亜鉛など)の数が多く優勢であれば、非ヘム鉄は十分に吸収されることができません。 「ならば非ヘム鉄をたっぷり摂ればよいのではないか?」と思われるかもしれませんが、非ヘム鉄が多すぎると、今度は逆にその他のミネラルが吸収されにくくなってしまうのです。

ポリフェノールのタンニンや、食物繊維も非ヘム鉄の吸収を阻害します(※4)。 タンニンは、お茶やコーヒー、ワインなどに多い成分ですので、あまりワンちゃんとは縁がないかもしれません。 しかし、食物繊維はドッグフードには必ず含まれていますし、野菜やキノコ、豆類、海藻類など幅広い食品にも含有されています。 いつものフードにたっぷりの野菜をトッピングしたり、サプリメントで繊維を補っているワンちゃんは、要注意です。 ちなみに、非ヘム鉄の吸収性を少しでもアップさせるには、ビタミンCや動物性のタンパク質を一緒に摂取させることがおすすめです。

※4 ヘム鉄は、ポルフィリン環という有機化合物にガードされた構造になっているため、タンニンなどの影響を受けにくいというメリットがあります。

過剰摂取すると他のミネラルの吸収を阻害

鉄は、ワンちゃんの空腸上部や十二指腸内で主に吸収されます。 しかし、体内に十分鉄が存在している場合には、新たに鉄を摂取しても、なかなか吸収されません。 加えて鉄は、もともと吸収性が悪いミネラルでもあるため、常識的な食事を摂っているワンちゃんであれば、鉄の過剰摂取となる可能性は低いでしょう。 体内で不必要となった鉄は、その大半が便と一緒に排泄されます(※5)。

※5 ミオグロビンなど、一部の形態の鉄は尿からも出ていきますが、その量はわずかです。

しかし、注射や輸血などによって、血管内に多くの鉄が入った場合には、過剰症が誘発される危険性があります(対して、食べ物として口から取り入れた場合には、鉄の過剰症は起こりにくいといわれています)。 また、健康で食事もしっかりと食べている状態のワンちゃんが、サプリメントで大量の鉄分を補うことも、鉄の摂り過ぎとなる恐れがあります。

鉄の過剰症になると、

  • 食欲がなくなる
  • 体重が落ちる
  • 下痢や嘔吐がみられる
  • その他のミネラル類の吸収を阻害する(亜鉛、銅、マンガン、リンなど)

などが起こります。 子犬や母犬など、鉄欠乏のリスクが高いワンちゃんには、体調を確認しながら鉄を補給し、健康な成犬には普段のフードから摂取させる、というように、愛犬の状況によって対応を変えることが大切です。

まとめ
硫酸鉄、そして硫酸鉄から補給することができる鉄についてみてきました。 硫酸鉄は、においや他の物質との反応性に欠点を抱えつつも、フード類の鉄分強化を始め、さまざまな用途で便利に利用されている添加物です。 「栄養素は、なるべく自然の食べ物から摂取したほうがよい」とはよくいわれますが、「手作り食を調理する時間がない」、「栄養バランスの知識が不完全で、何をどれくらい与えたらよいのかがわからない」、という飼い主さんも大勢いらっしゃることでしょう。(そもそもドッグフード自体が、このような悩みを抱える人間の利便性を考えて生まれたものです)。 硫酸鉄のような栄養添加物を使ったフードには、栄養素の計算も不要で、毎日手軽に鉄分を補えるという利点があります。 化学合成された栄養添加物に抵抗感を感じる人も多いですが、状況に応じて上手に使うことで、愛犬の体調維持に役立てることができるでしょう。