ドッグフードの原材料「馬(ホース)」の栄養素と安全性

ドッグフードの原材料「馬(ホース)」

馬(ホース)は昔から、騎乗用や荷運びに用いられるだけでなく、貴重な食料としても日本人に重宝されてきました。
広大な土地でのびのびと走らせなければ丈夫な馬が育てられないため、牛や豚よりも飼育頭数は少ないですが、その肉には鉄分やグリコーゲン、不飽和脂肪酸など多くの栄養素が含まれているのです。
日本産のドッグフードには馬肉を使ったものが多くラインナップされているため、愛犬に食べさせたことのある飼い主さんも多いことでしょう。
ここでは馬肉の栄養素やフードの種類、安全性などについて解説していきたいと思います。

外国製の馬肉フードが少ない理由

馬の肉は、脂肪分が少なく硬めの歯ごたえを持つことが特徴です。
また、若干のニオイやわずかな甘みを感じるため、食べる人によって好みが分かれる肉であるともいわれます。
しかし、食べやすく品種改良された馬肉も多く出回るようになってきました。

馬肉料理と聞いて私たち日本人が真っ先に思い浮かべるものは、さくら鍋(※1)や馬刺しではないでしょうか。
その馬刺しが名産の熊本県は日本における馬肉生産量ナンバーワンであり、2位は福島県、3位は青森県と続きます。
外国産のものでは、カナダやメキシコ、アルゼンチンといった国々の馬肉が多く輸入されています。

このように、もともと馬肉食の文化を持つ日本で作られたドッグフードには、馬肉を使用したものが多く売られています。
しかし意外なことに、日本よりも多種多様な肉類を使うイメージのあるヨーロッパやオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダ産などのドッグフードではあまりみられません。
その理由は、これらの国において、馬は家畜(食用)ではなくパートナー(友達)であるという認識が強いためであると考えられています。

もちろんこうした国々でも、馬肉を全く食べないわけではありません。
しかし、例えばカナダでは国内で消費するよりも輸出目的で馬の飼育が行われているケースが多いなど、生産量と国内消費量は必ずしも一致していないのが現状です。

※1 さくら鍋・・・馬肉をメインとして用いた鍋料理です。「さくら」とは馬肉のことを意味します。馬肉は切りたての色がピンクがかった桜色をしていることや、冬の間に栄養を蓄えて脂肪の乗った春先(桜の咲く時期)に一番味が良くなることなどから、さくら肉と呼ばれるようになったといわれています。

馬肉の特徴的な栄養素

馬肉と他の肉類との栄養素含有量比較 (可食部100g当たり)
栄養素 単位
(和牛もも肉)

(もも肉)

(むね肉)
エネルギー kcal 110 246 183 191
タンパク質 g 20.1 18.9 20.5 19.5
脂質 g 2.5 17.5 10.2 11.6
ビタミンE mg 0.9 0.2 0.3 0.2
ビタミンB12 μg 7.1 1.2 0.3 0.2
mg 4.3 1 0.7 0.3
カルシウム mg 11 4 4 4

上の表は、馬肉とその他の肉類の栄養素含有量を比較したものです。
馬肉の持つ代表的な栄養素を選び、4種類の肉類の中で馬肉に最も少ない栄養素の数値は青色、最も多く含まれているものは赤色で示しました。
脂質の少ない馬肉に合わせて、牛・豚・鶏肉も脂肪分の少ないヘルシーな部位の数値を載せせています。

こうしてみると、馬肉は脂質やエネルギー(カロリー)の低さが突出しており(※2)、ビタミンやミネラルは充実しているということが分かります。
この項では、馬肉に多く含有されている各栄養素について詳しくみていきましょう。

※2 馬肉の脂肪分は全体的に少なめですが、例外もあります。それは、馬肉特有のコウネと呼ばれる部分です。コウネは、馬のタテガミが生えている付近の真っ白な肉です。コラーゲンと脂肪分がタップリと含まれており、濃厚な甘さを持ちます。

豊富な鉄分で貧血予防

さくら肉の語源となったともいわれる馬肉の鮮やかなピンク色は、ヘモグロビンミオグロビンを構成する鉄分の色です。

ヘモグロビンは哺乳類の体の中に存在するタンパク質であり、赤血球の3分の1を占める成分です。
体内に取り込まれた酸素と結合し、血液に乗って全身へとくまなく酸素を運搬する役割を持っています。

一方ミオグロビンは酸素を受け取り、筋肉の中に貯蔵する働きを持ちます。
そして運動などにより体内の酸素量が減少すると、自分が抱え込んでいる酸素を放出して供給するのです。

これらのタンパク質は鉄の影響から赤色を呈します。
切りたてはキレイなピンク色をしている馬肉が、時間経過とともに黒ずんでしまうのは、この鉄分が酸素と触れることによって酸化したためです。

鉄分は肉に鮮やかな色をもたらすだけではなく、ワンちゃんの体にとっても大切なミネラルです。
前述したように、鉄分は酸素の運搬や貯蔵に欠かせない成分の原料となるため、不足すると体が酸素不足を起こし、少しの運動でも息切れを起こしたり、下痢、脱毛、被毛や歯ぐきの色が薄くなるといった貧血症状が起こります。

ワンちゃんが生きていく上で不可欠な鉄分ですが、残念なことに植物中の鉄分は吸収率が非常に低く、5%程度しか吸収されません。
それに比べて馬肉などの動物性食品に含まれている鉄分は、約30%程が吸収されるヘム鉄と呼ばれる種類に属します。
馬肉は肉類の中でも特に多くの鉄分を含有しています。
妊娠中で鉄分が不足しがちなワンちゃんや、貧血が気になるワンちゃんの効率的な鉄分補給にピッタリの食材なのです。

抗酸化作用を持つビタミンE

抗酸化作用に優れるビタミンEも、馬肉の代表的な栄養素のひとつです。
活性酸素によって体内の細胞が酸化すると、高血圧やアレルギー、ガン、老化の加速など、さまざまな体の不調の原因となると考えられています。
ビタミンEは細胞の代わりに自らが酸化することにより、活性酸素の害からワンちゃんを守ってくれる心強い成分なのです。

ビタミンEによって血管も酸化から保護されるため、血液の流れが良くなり、貧血の予防に繋がるともいわれています。
「馬肉が貧血症状の改善に良い」といわれる理由には、鉄分だけでなくこうしたビタミンEの作用も関係しているのでしょう。

ビタミンEに関する詳細は、こちらの記事をご覧ください。
ドッグフードの栄養素「ビタミンE」の働きと過剰・欠乏について

赤血球を作るビタミンB12

ビタミンB12は「造血のビタミン」ともいわれ、葉酸とともに健康な赤血球を作り出すために活躍する栄養素です。
鉄分が不足すると貧血の原因となりますが、ビタミンB12(または葉酸)が足りなくても赤血球が正常に作られなくなるため、貧血を起こしてしまいます(巨赤芽球性貧血)。

食品の中に含まれるビタミンB12はタンパク質と結びつき合って存在するため、胃の中で切り離してあげなければ栄養素として吸収や利用ができません。
これには胃酸やペプシンという消化酵素が必要となります。
胃に問題を抱えていてこれらが充分に分泌されないと、ビタミンB12の吸収が阻害され、欠乏してしまう可能性があるのです。

ビタミンB12不足でみられる症状には貧血の他にも、脱毛、皮膚や舌の炎症、成長遅滞(子犬の場合)などがあります。
胃が萎縮してくるシニア犬や胃炎のワンちゃん、寄生虫を持っているワンちゃんなどはビタミンB12の欠乏に注意が必要です。

ビタミンB12については、こちらの記事で詳しく解説しています。
ドッグフードの栄養素「ビタミンB12」の働きと欠乏のリスクとは?

生理機能を調節するカルシウム

歯や骨の中に存在する栄養素がカルシウムです。
カルシウムが充分に含まれることにより、歯や骨が丈夫に保たれています。

またカルシウムは、筋肉(心臓も含む)のスムーズな伸縮や血液の凝固、ホルモン(成長ホルモンなど)の分泌など、さまざまな生理機能をコントロールする働きを持ちます。
カルシウムが不足するとイライラするとよくいわれますが、これはカルシウムに神経を安定させる作用があるためです。

母乳と共にカルシウムが失われやすい授乳期の母犬、育ち盛りの子犬、骨がもろくなりやすい高齢期のワンちゃんなどには、特に意識的に摂取させたい栄養素です。

エネルギー源となるグリコーゲン

馬肉には、グリコーゲンと呼ばれるでんぷん多糖類の一種も豊富に含まれています。
その量は、牛肉や豚肉、鶏肉と比べると圧倒的です。

グリコーゲンはブドウ糖がいくつも連なって構成されており、肝臓と筋肉内に多く貯蔵されている成分です。
肝臓に蓄えられたグリコーゲンは、食事と食事の間に血糖値が下がってきた際、ブドウ糖へと分解されエネルギーとして活用されます。
筋肉内に貯蔵されると、アデノシン三リン酸(ATP)へと変化し、筋肉の収縮を行うエネルギーとなります。
さらにグリコーゲンには肝臓の解毒力を強化する働きもあるといわれています。

このような働きを持つグリコーゲンを多く含むことから、馬肉は昔から疲労回復に適したスタミナ食として愛されてきたのです。
また、豊富なグリコーゲンは馬肉のうま味を引き立て、ほのかな甘みをもたらすため、甘い物好きなワンちゃんたちの食い付きを良くすることにも役立ってくれます。

植物や魚に多く含有される不飽和脂肪酸

充分に牧草を食べて育った馬の肉は、主に植物や魚に含まれる不飽和脂肪酸を多く含むようになります。

脂肪酸には大きく分けて、不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の2種類があります。
不飽和脂肪酸は、皮膚や被毛の保湿や保護、免疫力アップやLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の減少など、体にさまざまな恩恵を与えてくれる栄養素です。
常温ではサラリとした液状を保ちます。

対して飽和脂肪酸は、ワンちゃんが体を動かす際にエネルギーとして使われる他、コレステロールや中性脂肪の原料にもなります。
飽和脂肪酸が不足すると血管がもろくなるなどといったデータが出ていますが、取り過ぎるとLDLコレステロールや中性脂肪が増えてしまうリスクがあるため、注意が必要です。
また、常温で固まるため体内に蓄積しやすいというデメリットも持ちます。
飽和脂肪酸は牛や豚の脂身や、牛乳から作られるクリームなどに多く含まれています。

不飽和脂肪酸は、さらにいくつかの種類に分類されます。
それぞれの働きを簡単にご紹介しましょう。

リノール酸

被毛の潤いを保ち、艶やかに整えてくれる働きが期待できます。
また、皮膚を強くして外的な刺激を受けにくくする作用もあります。
大豆油や紅花油、コーン油などに多く含有される脂肪酸です。

オレイン酸

HDLコレステロール(通称「善玉コレステロール」)の数はそのままに、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)のみを減少させる効果があります。
さらにリノール酸と同じく、ワンちゃんの皮膚や被毛に適度な潤いを与えてくれます。
オレイン酸を多く含む食品には、ナッツ類やオリーブ油などが知られています。

リノレン酸

リノレン酸は構造の違いによって、α-リノレン酸とγ-リノレン酸に分けられます。
α-リノレン酸は体内に入るとDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)へと変化し、血液の流れを良くする効果を発揮します。
加えてDHAには脳の働きの正常化、EPAには血栓の予防などの効果が認められており、ワンちゃんの体調をさまざまな面からサポートしてくれるのです。
ただし体質によって、α-リノレン酸を体内で変換することが苦手なワンちゃんもいます。
α-リノレン酸は大豆油やエゴマ油などに多く含まれています。

γ-リノレン酸は、LDLコレステロール値の低下、血圧や血糖値を安定させる働きします。
また消炎作用があり、ドイツやイギリス、フランスなどではアトピー性皮膚炎の治療に用いられているほどです。

馬肉は昔から、やけどや捻挫をした際に患部に当てると、治りが早くなるといわれ利用されてきました。
これはγ-リノレン酸の炎症を抑える作用に由来するものであると推測されているのです。
γ-リノレン酸はあまり一般的ではありませんが、月見草油に多く含有されています。

これらの脂肪酸はサラリとした感触を持ちます。
そのため馬肉は、肉類に特有のいつまでも口の中に残るような油のベタ付き感が少なく、サッパリと食べることができるのです。

馬肉を使ったさまざまなドッグフード

前述の通り、生活に欠かせないパートナーとして馬を捉える傾向の強い海外で作られたドッグフードには、馬肉を用いたものはあまり見当たりません。
その反面、日本産の馬肉フードの種類は豊富で、ドライフードはもちろんのこと、缶やレトルトパウチに入ったウェットフードも多くの種類が販売されています。

ウェットフードは角切りにした馬肉をシンプルに茹でただけのものや、野菜スープで煮込んだものなど、各メーカーともさまざまな特色を打ち出しています。
総合栄養食であれば何も加えずにそのままあげられますし、ドライフードにトッピングをしてワンちゃんの食欲増進効果を狙って使うことも可能です。

また、通販などではワンちゃん用の生肉の販売も盛んです。
食べ応えのあるサイコロ状のものから細かいミンチまで、愛犬の体のサイズや用途に合わせて選ぶことができます。

馬肉は主食だけではなく、おやつにも頻繁に利用される素材です。
中でも、馬のアキレス腱を乾燥させたものは種類も多く人気です。
馬アキレスは非常に硬いため、ワンちゃんの咀嚼力をもってしてもなかなか噛み切ることができずに長持ちします。
また、歯磨き効果もあるとして、日々のおやつに取り入れている飼い主さんも多いです。

アキレス腱以外にも、肉や心臓、肺などを使ったジャーキーやチップス、細かくして乾燥させたふりかけまで多種多様なおやつが販売されています。

馬肉の安全性

肉に残留する薬品の量が少ない

馬はデリケートな内臓を持ち、その巨体に似合わず肝臓も小さめです。
そのため、多量の薬品を投与しながらの飼育は困難です。

病気の治療や予防の際に用いられる抗生物質や各種医薬品、生育を促進するための成長ホルモン剤など、家畜の飼育にはさまざまな薬品が使われます。
しかし、馬に関してはこれらの使用が最小限に留められているため、肉に残留する薬品の濃度が低く、非常に安全な食肉であるといわれています。

寄生虫「ザルコシスティス・フェアリー」について

馬の体は豚や牛に比べると体温が6℃前後高めなため、寄生虫が生息しにくい環境です。
しかし、馬特有の寄生虫も存在します。
その寄生虫は、ザルコシスティス・フェアリー(サルコシスティス・フェアリー)という長い名前を持っています。

ザルコシスティス・フェアリーの感染源はワンちゃんの糞です。
ザルコシスティス・フェアリーに感染した犬の糞によって、馬の飼料や飲み水が汚染されると、それを口にした馬の筋肉内に寄生します。
そしてその馬の肉を食べた犬にさらに感染する、といった具合に循環します。
ザルコシスティス・フェアリーは馬と犬との間を行き来しながら命を繋いでいる寄生虫なのです。

馬に寄生しているザルコシスティス・フェアリーは、まだ発育途中であり、細い糸のような形をした袋の中に、虫がたくさん入った状態で筋肉内に存在します(犬の体内に入った後で成虫へと成長します)。
大きさは0.5mm以下と非常に小さく、肉眼で確認して取り除くことはできません。

そのため、馬肉の冷凍によって対処することが推奨されています。
ザルコシスティス・フェアリーは-20℃ならば48時間以上、-30℃ならば36時間以上凍らせることにより、食中毒の害を防止することが可能です。
また、中まで十分に火を通して調理することも有効であるといわれています。

とはいっても、ザルコシスティス・フェアリーで食中毒を発症するのは主に人間です。
宿主となる馬や犬には症状は確認されていません

人間はザルコシスティス・フェアリーが寄生した馬肉を食べると、食後数時間以内に下痢や腹痛、嘔吐、倦怠感などを発症することがあります。
とりわけ下痢の症状が多く、70~100%の確率で起こるというデータが出ています。

ザルコシスティス・フェアリーは人間の体内で成長することはできません。
どの程度のザルコシスティス・フェアリーが体内に入ると発症するかはハッキリとは分かっていませんが、症状が重くなることはなく、すぐに回復することが特徴です。

うまく共生しているのか、ワンちゃんには食中毒症状が出ないため、ザルコシスティス・フェアリーに関していえば、馬肉の生食をそれほど警戒することはないでしょう。
しかし念のために、しっかりと冷凍処理された生肉を選びたいものです。
国内で流通している馬肉は冷凍後に出荷されていることがほとんどですが、心配な場合にはお店に確認してから購入するようにしましょう。

まとめ

馬肉はその肉はもちろんのこと、アキレス腱や心臓、肺に至るまでドッグフードとして加工されており、捨てる部位のない優れた食材です。
馬肉はアレルゲン(アレルギー症状を誘発する物質)になりにくいともいわれているため、他の肉類にアレルギー反応を起こすワンちゃんも、試してみる価値はあるでしょう(ただし、与え始めはワンちゃんの体調をよく観察しつつ、少量から始めましょう)。
貧血や疲労感の予防・回復効果を持つ馬肉を上手に取り入れて、ワンちゃんの健康的な生活をサポートしてあげたいですね。