ドッグフードの酸化防止剤「エトキシキン」
皆さんは「エトキシキン」という酸化防止剤の名前をご存じでしょうか。
エトキシキンは日本においては利用が厳しく制限されており、日々の生活上で意識する機会はあまりないと思われます。
しかし、犬と暮らしている人にとってはエトキシキンの存在を身近に感じるシーンがあります。それはドッグフードを選ぶ時です。
エトキシキンは酸化防止剤として、また、明記はされていなくても原材料に残留した形でドッグフードの中に含まれている可能性があります。
エトキシキンについてはさまざまなメディアで取り上げられており、危険性も数多く指摘されています。
しかし、特にweb上では情報が錯綜しており、「なんだかよく分からないけれども、エトキシキンは危険らしい」という認識の人も多いのではないでしょうか。
ここではエトキシキンとはどのような物質で、犬の健康に対してどのような影響があるのかについてみていきたいと思います。
エトキシキンとは
エトキシキンは安価で強力な合成酸化防止剤
エトキシキンとは、アメリカの企業「モンサント社」が開発した合成酸化防止剤です。
1953年の開発当時は、タイヤなどの石油製品の酸化防止用として利用されていました。
現在ではドッグフードや家畜用飼料の酸化防止、梨やリンゴの変色を防ぐなどの目的で世界中で使用されています。
エトキシキンは少量でも強い抗酸化力を発揮し、価格も非常に安いため、メーカー側からしてみればコストパフォーマンスの高い添加物だということができるでしょう。
同じく酸化防止剤として使用されているビタミンEと比べても、エトキシキンの抗酸化効果は優れているのです。
ビタミンEの場合は、自らが酸化することによってその他の材料の酸化を防ぎます。
対してエトキシキンは、酸化の原因となる活性酸素を自分の中にしっかりと取り込み離さないことによって、食材の酸化を防ぐ働きをします。
ビタミンEは自身が酸化してしまうと役目は終了しますが、エトキシキンは自らが変化するわけではないので、抗酸化効果が長持ちするのです。
また、ビタミンEは種類によって、体外で働くものと体内で働くものに分かれています。
しかしエトキシキンの抗酸化効果は体の外でも、体の中に入ったあとでも発揮されるのです。
日本ではエトキシキンの使用はほぼ禁止されている
少量でも長時間効果を発揮し値段も安いなど、使い勝手の良さが際立つエトキシキンですが、日本においては食品添加物としても農薬としても、利用は禁じられています。
例外的に、家畜や魚の飼料に対しての添加のみ許可されていますが、厳しい使用量の制限がかけられています。
品目ごとに数値の差はありますが、輸入品に残留するエトキシキンの量についても厳格に規制されています。
しかし、アメリカやイギリスなど世界の多くの国では、エトキシキンが食品添加物として一般的に使われているのです。
2002年、日本のメーカーが製造した健康食品に、エトキシキンが混入したアスタキサンチンが使用されていることが判明し、商品回収となる騒動が起こりました。
このアスタキサンチンは海外から仕入れられたものでした。
同様のことが立て続けに2件あり、報道もされたので覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
エトキシキンが犬の体に与える影響
エトキシキンの健康リスク
各機関によって異なる、毒性の報告内容
エトキシキンが日本国内で使用禁止となっているという事実からもお分かりの通り、エトキシキンには健康被害を及ぼすリスクが指摘されています。
環境省、農林水産省は「エトキシキンを過剰摂取した場合、腎臓へ悪影響を及ぼすことがある」と報告しています。
またペットフードに含まれるエトキシキンによって、動物たちに皮膚病やアレルギー性皮膚炎、内臓機能の障害、発ガン、異常行動などが起こる可能性があると、アメリカのFDA獣医医療センターが警鐘を鳴らしています。
注目すべきは、これらは実際にペットを飼っている人たちが、FDA獣医医療センターへと寄せた情報から得られたデータだということです。
その他にもエトキシキンには、体重減少や食欲不振、肝機能障害、甲状腺障害、生まれてくる子供への悪影響なども懸念されています。
エトキシキンの開発元であるモンサント社も、エトキシキンが直接肌に触れた場合について、「アレルギー性皮膚炎の発症」や「目の炎症」の危険性を指摘しており、「肌に直に付いた時には、完全に洗い落とすように」と警告しています。
しかし、エトキシキンを含んだフードを長期間食べ続けた犬に起こった健康上の問題は、
- 肝臓酵素の値が緩やかな上昇をみせる
- 通常時よりも食餌量が増える授乳中の犬において、肝臓の正常赤血球代謝産物が増える
という2点のみであると、モンサント社は主張しています。
そして、その他の健康上の被害は一切ない、といっているのです。
ちなみに、肝臓酵素も赤血球代謝産物も、数値が上昇した場合には肝臓に何かしらの異常が起こっていることが疑われます。
確かに2017年現在まで、使用基準値の範囲内で利用したケースにおいて、エトキシキンが直接生き物の体に害を及ぼしたという決定的な事例は報告されていません。
各機関によって健康被害の内容がバラバラなことからも分かる通り、エトキシキンの具体的な危険性については未だハッキリとしていない部分が多々あります。
しかし、被害実態が曖昧だからといって、「エトキシキンは安心して使える添加物である」ということにはなりません。
強い抗酸化作用を持つだけでなく、生体へのさまざまな影響が懸念される、人も犬も避けられるのならば極力避けたい物質であることに変わりはないのです。
エトキシキンの健康リスクの詳細な検証や、使用基準の見直しなどは今後に期待したいところです。
ちなみに、エトキシキンが強い毒性を持った物質であることは事実ですが、ネット上などで囁かれている「ベトナム戦争時に使用された枯葉剤の原料はエトキシキンである」という情報は誤りです。
正確には、エトキシキンは「枯葉剤の酸化防止剤として使用」されていました。
枯葉剤とは、ベトナム戦争の際にアメリカ陸軍が、ジャングルに潜伏しているゲリラをあぶり出す目的と田畑や農作物壊滅のために、約7500万リットルという量を散布した有毒な除草剤です。
枯葉剤は多数の犠牲者と、戦争終結後までも後遺症で苦しむ人々を生み出しました。
そんな悪名高い枯葉剤と強毒性のエトキシキンのイメージが重なり、また2つは開発元が同じであるということなどから、「枯葉剤の主成分=エトキシキン」という誤った構図が出来上がってしまったのではないかと推測されます。
エトキシキンのドッグフードへの添加
ドッグフードへのエトキシキン使用許容量
日本国内において、ドッグフードへのエトキシキン使用量は1g中に75μg(マイクログラム)まで認められています(キャットフードは150μgまで)。
1μgは0.001mgなので、75μgは0.075mgという計算になります。
ちなみに人間の1日摂取許容量は、WHO(世界保健機関)においては体重1kg当たり0.06mg、食品安全委員会(日本国内に流通する食品のリスク評価を実施する機関)では0.005mgまでと定められています。
人間の厳しい摂取許容量に対してペットフードの規制が甘すぎるという指摘もありますが、上限の1g中0.075mgギリギリの量のエトキシキンを使用している業者はほとんどなく、大抵は上限の半量から10分の1程度の量を使っているのではないかと推測されています。
エトキシキンは少量でも強力な酸化防止効果があるため、それ以上添加する必要性がないためです。
原材料名に表示がなくても、エトキシキンが含まれている可能性がある
例えばドッグフードの酸化防止目的でエトキシキンが添加されている場合には、パッケージの原材料欄には「エトキシキン」と表示されているはずです。それならば、そのフードを避けて別の商品を選ぶことができます。
しかし、フードの原材料にエトキシキンが残留しているケースでは、わざわざ「エトキシキンが入っていますよ」と明示しなければならないという決まりはありません。
私たちは、知らず知らずのうちにエトキシキンを含有したドッグフードを愛犬に与えてしまっている可能性があるのです。
まず気を付けたいのは、「魚粉」が含まれているドッグフードです。
国際法では、魚粉を積んだ船舶が赤道下を航行する場合において、自然発火防止のために魚粉へのエトキシキン添加が定められています。
したがって、魚粉を使用したドッグフードには当然エトキシキンが含まれていることになりますが、原材料表示には「魚粉」と書いてあるだけなのです。
また、人間が食べられるレベルの食材を使用した「ヒューマングレード」と呼ばれるドッグフードでも、原材料にはエトキシキンが含まれている場合があるということは覚えておいたほうがよいでしょう。
エトキシキンが人用の食品添加物や農薬として認可されている国においては、人の食べる家畜に与える飼料に使われていたり、穀物が育つ土壌に含まれている可能性もあります。
そうした飼料を食べて育った家畜の肉が原料として使用された場合には、やはりそのドッグフードにはエトキシキンが含まれているのです。
実際に、犬の飼い主さんたちからも評価の高いプレミアムドッグフードを販売しているアメリカのとあるメーカーでは、原材料として使用している鶏肉類に、飼料由来のエトキシキンが残留している可能性があると認めています。
しかしドッグフード自体に添加しているものではなく、エトキシキンが含まれていたとしてもごく僅かな量のため、犬の健康に影響は出ないと考えているということです。
エトキシキンの持つ毒性については調べれば調べるほど混沌としており、各動物に対して行われる実験データも不足しています。
そのため、具体的な健康被害や、実際にどの程度の摂取量までが本当に安全な量なのかといった情報がつかみにくいのです。
少量の摂取なら健康に影響はないという説があるかと思えば、エトキシキンが添加されたドッグフードによって犬が体調を崩したと感じる飼い主さんたちが大勢いることも事実なのです。
エトキシキンは、そのような曖昧さが逆に不気味な物質であるといえるでしょう。