ドッグフードの栄養添加物「硫酸銅」
栄養素の強化を目的としてドッグフードに使用される添加物のひとつに、硫酸銅があります。
硫酸銅といえば、中学校や高校の化学実験で頻繁に使用される物質としてもおなじみです。
そのため「添加物」というよりは「薬品」のイメージが強く、「硫酸銅を口にするなんてとんでもない!」と、不安に思われる方も多いのではないでしょうか。
確かに硫酸銅は毒性を持つ物質であり、人間の食品に対しては、ほぼ使用は認められていません(「飼料や医薬品、めっきなどにも利用される」にて後述しますが、一部例外もあります)。
しかし、ごく少量を用いることにより、ワンちゃんや家畜のミネラル(銅)供給源として利用することができるのです。
ここでは、硫酸銅及び、犬の必須ミネラルである銅について、解説していきたいと思います。
水を含むと青く、乾燥すると白くなる
硫酸銅は、銅イオンと硫酸イオンが組み合わさることによってできている化合物です。
硫酸銅は構造の違いにより、第一銅と第二銅に分けられます。
さらに、水を含まない無水物と、水の分子と結合している水和物(すいわぶつ)に分類され、水和物には、「一水和物」、「三水和物」、そして「五水和物」などがあります。
「一」や「三」といった漢数字は、水の分子がいくつ結合しているかを表した文字です。
このように、多くの種類が存在する硫酸銅ですが、ただ単に「硫酸銅」といった場合には、「硫酸第二銅の五水和物」(化学式はCuSO4・5H2O)を指していることが一般的です。
ものすごく簡単にいえば、「水の分子が5個くっついている硫酸銅」といったところでしょうか。
したがってここからは、「硫酸銅」=「硫酸銅第二銅の五水和物」のこととしてお読みください。
硫酸銅の五水和物は、非常に美しい青色をした結晶であり、おもしろい性質を持っています。
硫酸銅は水に溶けやすく、水溶液ももちろん青色に染まります。
ところが、硫酸銅を過熱して水分を飛ばすと、青い結晶が白色の粉末に変わり、再び水と結合させると青く結晶化するのです。
硫酸銅は、濃硫酸と呼ばれる濃度が90%以上の硫酸に銅を溶解させることによって、化学的に合成されます。
しかし、自然界にも「胆礬(たんばん)」や「カルカンサイト」と呼ばれる鉱物として存在しています。
胆礬は、銅山の坑道などで見ることができる鉱物で、目にも鮮やかな青色や青緑色の結晶が、鍾乳石やブドウの房のような状態で集まったものです。
硫酸銅でできている胆礬は、もちろん水溶性です。
むかしは、胆礬が溶け込んだ水が鉱山夫の服に付着すると、あっという間に傷み、使い物にならなくなったといわれています。
また、皮膚の皮がめくれたり赤く腫れあがったりすることも日常茶飯事であったそうです。
これは、胆礬の水溶液が強い酸性を示すためです。
胆礬は非常に美しい鉱物ではありますが、このような理由から、宝飾品としては利用できません。
飼料や医薬品、めっきなどにも利用される
硫酸銅をドッグフードに添加する目的は、ミネラルの一種である銅の強化です。
銅の化合物にはいくつかの種類が存在し、硫酸銅は体内で銅としてしっかりと働くことができるのに対し、酸化銅(こちらも家畜飼料などに使用されています)の利用性は低いといわれています。
ワンちゃん以外のペットフードや、家畜の飼料としても使われている硫酸銅ですが、人間用の食品に対しては、ごく一部を除き、添加が認められていません。
そのごく一部とは、赤ちゃんが飲む母乳の代替食品、いわゆる粉ミルクです。
硫酸銅は水に溶けやすいため、粉ミルクの材料としても適しています。
ただし過剰摂取の害を防ぐために、「粉ミルク1L当たり、硫酸銅は0.6mgまで」と、厳しく定められています。
食品以外では、貧血の治療剤や、皮膚のできものから膿を吸い出す薬などに配合されていることもあるため、知らないうちに利用したことがある方もいらっしゃることでしょう。
硫酸銅が薬として使用されるのは、人間に対してだけではありません。
殺菌作用を持つ硫酸銅は、魚類の白点病(※1)を治療する薬としても用いられているのです。
※1 白点病・・・ウオノカイセンチュウ(別名:イクチオフチリウス)という寄生虫に魚が感染することによって発症する病気です。体に白い斑点ができ、痒みを伴います。体を掻こうとして、身近なものに体をこすりつけることで傷ができると、そこから感染症にかかってしまうこともあります。
また、硫酸銅を使った銅の「めっき」も行われています。
めっきとは、錆や腐食を防ぐ、耐久性や電気の伝導性などの機能を向上させる、外観を美しく整える、といった目的で、物質の表面を金属でコーティングすることです。
表面にムラができにくく、赤みがかったキレイなツヤを出すことができる硫酸銅は、めっきの材料として評価の高い金属です。
しかし、酸化に弱く劣化しやすいというデメリットもあるため、最終工程に利用されることはあまりなく、主にめっきの下地として利用されています。
また、鉄に対して利用すると、鉄を溶かしてしまい、表面には銅の成分が現れてしまいます。
それでは美しい見た目に仕上がらないため、鉄には使用できません。
その他にも、血液検査の試薬や顔料、農薬など、硫酸銅はさまざまな場面で活躍しています。
銅は犬に不可欠な栄養素
犬の必須微量ミネラル
前述通り、硫酸銅で補給することができる栄養素は銅です。
ここからは、銅とワンちゃんの健康の関係についてみていくことにしましょう。
銅は毒性を持つ物質ですが、ワンちゃんの健康維持にとって不可欠なミネラルでもあります。
ワンちゃんの体重1kgにつき、銅は1~5mg程度含まれているといわれています(ちなみに、人間の体内では80mg前後含有されています)。
銅のように、体に必要ではあっても、体内の含有量や1日当たりの要求量が数ミリグラムから数十ミリグラム程度といったごく少量の栄養素は、必須微量ミネラルと呼ばれます。
あるミネラルが「必須」かそうでないかの見極めは、以下のような方法で行われます。
例えば、Aというミネラルがあったと仮定しましょう。
一定期間、ワンちゃんに対してAが一切含まれない食事を与えます。
それにより、ワンちゃんに健康被害が生じたことが確認できたら、再度Aを摂取させ始めます。
Aの摂取により、ワンちゃんの体調が回復すれば、「Aは犬にとっての必須ミネラルである」と判断することができるのです。
銅の働き
銅は、ワンちゃんの体内に存在するさまざまな酵素の構成成分として働きます。
ワンちゃんの体の中で最も多くの銅が分布しているのは筋肉です。
その割合は、体内にある銅の約50%程度と試算されています。
筋肉の他にも、肝臓や腎臓、脾臓、骨髄、脳、血液と、銅は多くの場所に含まれています。
セルロプラスミンを構成し、ヘモグロビンを合成する
銅の働きとして一番有名なものは、ヘモグロビンを作り出す作用ではないでしょうか。
銅は、血液の中に存在する「セルロプラスミン(別名:フェロオキシダーゼ)」という酵素タンパク質を構成しています。
セルロプラスミンは、鉄分をワンちゃんの体内で利用可能な状態へと変えてくれる大切な酵素です。
食べ物に含まれた鉄分は、血液中においてタンパク質とピッタリくっついており、そのままでは利用することができません。
この状態の鉄分は、セルロプラスミンに酸化されることによって、初めてヘモグロビンの材料として利用できるようになるのです。
ヘモグロビンとは、赤血球中に存在する色素であり、血液の赤色の大元でもあります。
血液の流れに乗り全身を巡りながら、細胞に酸素を届け、それど同時に不要な二酸化炭素を回収して回るのが、ヘモグロビンの仕事です。
鉄分が機能せずにヘモグロビンが充分に作り出せなくなると、鉄欠乏性貧血の原因となります。
セルロプラスミンは、銅を運搬する役割を持った酵素でもあります。
体内に入った銅は、小腸で吸収されたのちに肝臓へと運ばれます。
その際、血管が銅の輸送路となり、セルロプラスミンが銅の乗り物となるのです。
ほとんどの動物はこのような仕組みで銅が運搬されるのですが、ワンちゃんたちの場合は少し違います。
ワンちゃんたちは血液中に、このセルロプラスミンを少ししか持っていません。
そのため銅は、トランスクプレイン(銅の結合タンパク質の一種です)や、その他の成分と結合することによって肝臓まで輸送されていきます。
活性酸素を分解するスーパーオキシドディスムターゼの原料となる
銅は、活性酸素と戦う酵素、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の材料にもなります。
ワンちゃんや私たちの体内では、活性酸素が毎日生まれ続けています。
活性酸素とは、少しの刺激が加わるとすぐに変質してしまうという、非常にデリケートで不安定な構造を持った酸素のことです。
活性酸素は、体にとって毒となる有害物質や菌類を攻撃してくれる働きを持つため、動物が生きていく上では必要なものです。
しかし、活性酸素が過剰になると、その強すぎる作用によって、動物たちの体までも傷つけ始めてしまいます。
活性酸素は体内の脂質を酸化させます。
酸化された脂質は過酸化脂質と呼ばれ、周囲の細胞を次々と酸化させるのです。
酸化された細胞は、次第に劣化し働きが悪くなります。
まともに機能しない細胞だらけとなってしまった体は、心臓病や糖尿病、ガン、アレルギー、痴呆症などさまざまな病気を発症したり、皮膚のしわやたるみ、老化の加速などといった歓迎できない変化が現れます。
活性酸素はワンちゃんの体内で栄養素が燃やされ、エネルギーとして変換される際に発生します。
また、物を食べる、運動をする、呼吸をするといった、毎日何気なくとっている行動によっても生み出されてしまうのです。
加えて、強いストレスがかかった時や、強力な紫外線にさらされた時、タバコの副流煙や排気ガスを吸い込んだ時など、日常生活のさまざまな場面でも活性酸素は発生します。
しかし、この活性酸素に対して、動物たちの体もただ黙って耐えているわけではありません。
動物の体内では、活性酸素に対抗するべく、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)という酵素が作り出されているのです。
スーパーオキシドディスムターゼは、「廃品回収業者」や「掃除屋」を意味するスカベンジャーとも形容されます。
その例えの通り、スーパーオキシドディスムターゼは活性酸素を水と過酸化水素に分解してくれるのです。
さらに別の酵素が過酸化水素を酸素と水に分解し、活性酸素は完全に無害化されます。
銅には他にも、以下のような働きを持ちます。
- モノアミンオキシダーゼという酵素の原料となり、神経の伝達をスムーズに行うために働く
- 骨や血管に柔軟性を与えたり、皮膚のコンディションをキープする働きのあるコラーゲンを生成するリシルオキシダーゼを構成する
- チロシンを用いて、皮膚や被毛、目の色を左右するメラニン色素を合成するチロシナーゼの働きを活性化させる
- 素早い神経伝達に関与する髄鞘(ずいしょう)(※2)の合成酵素のサポートを行う
※2 髄鞘・・・神経線維の周りを取り囲んでいる、鞘状の物質のことです。ミエリン鞘(みえりんしょう)とも呼ばれます。
銅の欠乏と過剰
胃腸障害や偏食、ミネラル類の摂り過ぎは銅の欠乏を招く
肉類や内臓に多く含まれる銅ですが、その他のほとんどの食べ物にも含有されています。
そのため、健康であり、バランスの取れたフード(ワンちゃんが必要とする栄養素を全てカバーしている総合栄養食など)をきちんと摂取しているワンちゃんに、銅の欠乏がみられる可能性は低いでしょう。
とはいえ、絶対に欠乏が起こらないともいいきれません。
下痢などの慢性的な胃腸障害により、銅の吸収が上手くいかない場合や、銅の含有量の低い人工乳を与えられている子犬などにおいては、銅が不足するリスクがあります。
また、乳製品や米などは銅の含有量が少ない食品です。
偏食やアレルギーなどで肉を食べられず、これらの素材をメインにした手作り食を食べているワンちゃんも、注意が必要です。
さらに、鉄や亜鉛、カルシウム、モリブデン、食物繊維といった栄養素を過剰摂取することによっても、銅の吸収が妨げられます。
ワンちゃんの銅の欠乏症には、次のような症状がみられます。
- 貧血を起こす(※3)
- 被毛が退色したり、パサつくようになる
- 目や鼻の周りの色が薄くなる
- 足ががに股やO脚のように湾曲する
※3 ワンちゃんの貧血には、疲れやすい、散歩を嫌がる、息切れをする、寝てばかりになる、食欲低下、口腔内などの粘膜が白っぽくなる、といった症状が現れます。
成長期の子犬や、妊娠中や授乳中のワンちゃん、長く豊かな被毛を持つワンちゃん(特に毛が生え変わる時期)は、特に多くの銅を必要とします。
欠乏症が出るほどではないにしろ不足はしやすくなるため、愛犬が上記のような状況に該当する場合には、銅の摂取量を少し意識してみるとよいでしょう。
ちなみに、牛や羊、鶏などの肝臓から摂取できる銅は、吸収性に優れ、体内で働きやすいといわれています。
対して、豚の肝臓に含まれる銅は、体内で利用されにくいという実験報告が上がっています。
ドッグフード選びや手作りフードのメニュー決めの際に、ちょっと思い出してみてください。
銅の過剰症に気をつけたい犬種
硫酸銅、及び銅は過剰摂取により健康被害を引き起こすミネラルです。
例えば硫酸銅を大量摂取すると、下痢や嘔吐、肝臓・腎臓の壊死、貧血、虚脱などが誘発されることが確認されています。
また、皮膚に付着したり目に入ると、痛みを伴って赤くなります。
硫酸銅を犬に経口で摂取させた際の致死量は、体重1kg当たり60mgです。
このように、銅の過剰摂取は、時にワンちゃんの命を奪いかねないのです。
そのため、犬の体の中には、銅の摂り過ぎを防ぐためのシステムが備わっています。
銅を多く摂取すると、それに伴って吸収量が低下していきます。
また、使われずに余ってしまった銅は、便となって速やかに排泄されるのです(尿からはほとんど出ません)。
したがって、ワンちゃんに銅の過剰症が起こるリスクは低いと考えてよいでしょう。
しかし一部の犬種においては、銅が肝臓に蓄積しやすいことが分かっているため、注意が必要です。
該当する犬種には、
- ベドリントンテリア(※4)
- スカイテリア
- ウエストハイランドホワイトテリア
- ドーベルマンピンシャー(ドーベルマンのことです)
- ダルメシアン
などがあげられます。
※4 ベドリントンテリア・・・日本ではあまりお目にかかることができない犬種ですので、ご存じない方もいらっしゃるのではないでしょうか(日本での飼育頭数は100頭以下といわれています)。
イギリス原産のベドリントンテリアは、炭鉱の町で小動物の駆除をさせるために繁殖された歴史を持ちます。
背がアーチ状に丸まり、足が長いスポーティーな体形ながら、優雅さも兼ね備えた風貌の小型犬です(成犬時の体重は10kg前後です)。
クルクルとカールのかかった被毛は「羊のよう」と例えられ、成長するに従って、黒っぽい色から灰色や薄茶色へと変化します。
家族以外への警戒心が強く頑固ですが、きちんとしつければ従順で勇敢なワンちゃんとして、良きパートナーになってくれることでしょう。
これらの犬種は、遺伝的に銅の排泄が苦手な体質を有している場合があり、体内に留まった銅が次第に肝臓に蓄積していきます。
肝臓に銅が過剰に溜まると、活性酸素の増加や肝臓の炎症などが起こります。
炎症は急性から慢性へと移行し、最終的には肝硬変となる危険性もあるため、しっかりと治療を行いコントロールしてあげることが大切です。
特にベドリントンテリアは、この遺伝子を保有している率が高く、およそ半分がキャリア(遺伝子を持っていること)であるというデータがあります(ただし、遺伝子を持っている全てのワンちゃんが発症するわけではありません)。
しかし、犬種と銅の蓄積に関しては、2018年3月の時点においては、まだ全容が解明されているわけではありません。
それというのも、最も銅の蓄積の影響を受けやすいベドリントンテリアとそれ以外の犬種では、肝炎の進行状況や好発年齢に差異がみられるのです(※5)。
そのため、「別の原因によって発症しているのではないか」と指摘する専門家もいます。
いずれにせよ、該当犬種のワンちゃんたちに対しては、銅の摂取量に気を遣う必要があります。
※5 ベドリントンテリアに銅蓄積の害が現れる年齢は2~4才が一般的であるのに対し、他の犬種には好発年齢に偏りがありません。また、ベドリントンテリア以外の犬種においては、銅の蓄積が一生涯続いて起こっていることが証明されていないのです。
ちなみに、銅の過剰摂取は鉄や亜鉛の吸収を邪魔するため、やはり鉄不足による貧血が起こるリスクがあります。
銅は多すぎても少なすぎても貧血を引き起こすという、少々厄介なミネラルでもあるのです。
まとめ
硫酸銅は、少量であれば銅の供給源として有効に働く物質ですが、「硫酸」というネーミングや「実験に使う薬品」といった連想から、どうしても抵抗感を覚えてしまう飼い主さんもいらっしゃるのではないでしょうか。
とはいえ、硫酸銅は全てのドッグフードに添加されているわけではありません。
体に吸収されやすいように加工したキレート銅の添加や、肉類や内臓の含有比率を増やすなど、フードへの銅の強化方法はさまざまです。
選択肢はひとつではないため、飼い主さんが納得して愛犬に与えることができるフードを選んであげてください。