ドッグフードの栄養添加物「リン酸カルシウム」の働きとは?

ドッグフードの栄養添加物「リン酸カルシウム」

リン酸カルシウムは、カルシウムの供給源として用いられる添加物です。
ドッグフードや家畜の飼料だけでなく、人間用の食品(イーストフードやチーズなどに利用)、栄養補給用のサプリメントなどに幅広く利用されています。

また、リン酸カルシウムを摂取すると男の子が産まれる確率が高くなるとして、男女産み分け用のサプリメントが作られ、店頭販売や医師からの処方で入手することが可能です。
しかし、2018年3月現在、リン酸カルシウムが産み分けに作用するメカニズムは、医学的に解明されていません。

食品類以外では、知覚過敏の予防や歯の石灰化を促進して丈夫にするなどの目的で歯磨きペーストに含まれていたり、農作物の肥料として利用されることもあります。
ここでは、多彩な用途を持つリン酸カルシウムについて、詳しくご説明していきたいと思います。

リン酸カルシウムとは

犬の骨や歯の主成分となる

リン酸カルシウムとは、その名が表す通り、リンとカルシウムが結合することによってできる化合物です。
このリン酸カルシウムは、ワンちゃんや私たちの体内において、骨や歯の構成成分として存在します。
骨や歯の主要な成分であるリン酸カルシウムは、ハイドロキシアパタイトと呼ばれます。
体内に含まれるリンのおよそ80%、カルシウムの99%は、ハイドロキシアパタイトとしてこれらの器官に存在しているのです。

骨は、コラーゲン繊維でできた土台の周りに、リン酸カルシウムの結晶が沈着することによって作られます。
また、ワンちゃんの歯は、外側から順に、エナメル質(別名:ほうろう質)、象牙質、歯髄(血管や神経、リンパ管などが通る場所です)という3つの層によって構成されています。
ハイドロキシアパタイトが含まれるのは、中間層である象牙質と、最も外側のエナメル質です。

70%程度がハイドロキシアパタイトでできている象牙質は密度が濃く、骨以上の硬さを持ち、内側の歯髄を守っています。

エナメル質に至っては、ハイドロキシアパタイトの含有量がなんと96%です(残りの4%は、水分や有機酸によって構成されています)。
ほとんどがハイドロキシアパタイトから成るといっても過言ではないこのエナメル質は、体の全器官の中でトップの硬さを誇ります。

しかし、ワンちゃんのエナメル質は、最大0.5㎜程度の厚さしかありません(小型犬の場合)。
対する人間のエナメル質の厚みは最低でも1㎜程度、分厚い人で3㎜ほどにもなります。
ワンちゃんの歯の表層は非常に薄いのです。

エナメル質がいくら硬いからといって、歯石取りのスケーラーなどで力任せに引っ掻いては、すぐに傷が付いてしまいます。
愛犬の歯のお手入れをする際は慎重に行い、歯石除去など危険を伴う作業に自信がない場合には、プロの手を借りるとよいでしょう。

また、リン酸カルシウムは酸に弱いという性質を持っています。
そのため、ハイドロキシアパタイト(リン酸カルシウム)を主成分とするエナメル質にとっても、酸は大敵です。

虫歯は、口の中に潜んでいるミュータンス菌(通称:虫歯菌)が糖分を分解し、酸性物質を作り出すことによって発生します。
酸性物質により口腔内が酸性に傾くと、エナメル質が次第に溶け、ひどくなると穴が開いてしまうのです。

しかしワンちゃんの場合は、もともと唾液のpH(ペーハー)(※1)が7.5~9.0程度のアルカリ性であるため、口腔内が酸性になりにくく、虫歯の発生はごく稀です(人間の唾液はpH6.5~6.8程度の弱酸性です)(※2)。
虫歯にかかるのは、1000頭ワンちゃんがいたとすると、その中の1頭程度であるといわれています。

ただし、ワンちゃんは歯垢が歯石に変わる速度が速く、歯周病になりやすい動物でもあります。
歯周病は顎の骨を溶かしたり、心臓を悪くさせる原因ともなるため、毎日の歯磨きは怠らないようにしましょう。

※1 pH(ペーハー/ピーエイチ)・・・ある物質が酸性なのかアルカリ性なのか、またその度合いを表すために使われる値です。pHは0~14まであり、中間の7は中性です。7より少ない数字であれば酸性、大きい数字はアルカリ性であることを意味します。さらに、pHが0に近付くほど酸性の度合いが強く、14に近いほど強アルカリ性であると判断されます。

※2 唾液がアルカリ性であること以外にも、ワンちゃんが虫歯になりにくいのには理由があります。犬は食事を丸飲みする子が多く、また、人間のように穀物をすり潰すのに適した平たい形の歯が多くありません。そのため、長時間物を噛み続けて歯が汚れることが少ないのです。また、デンプン質をブドウ糖に分解する酵素であるアミラーゼが口腔内で分泌されないため、虫歯のもととなる糖分が発生しにくいという理由もあります。

リン酸カルシウムは大きく分けて3種類

リン酸カルシウムは、リンの水素原子とカルシウムがいくつ置き換わっているかによって、大きく3タイプに分類されます。

リン酸カルシウムの種類と用途
種類 構造 特徴
第一リン酸カルシウム リンの水素原子とカルシウムが、1つのみ置き換わっています。 カルシウムの補給源として、飼料やサプリメントなどに添加される他、ベーキングパウダー、酵母菌の培養剤などにも使われています。
第二リン酸カルシウム 水素原子とカルシウムが2つ置換されたものです。 鶏や豚、牛など家畜用の飼料やサプリメント、肥料として利用されます。また、医薬品やガラス、歯磨きペーストなどの原料として活用されることも多いです。
第三リン酸カルシウム 水素原子とカルシウムが3つ置き換わっています。 3タイプの中では、最もカルシウム含有量が多いという特徴を持ちます。栄養補給目的の添加物や歯磨きペーストの研磨剤、消火器剤、合成樹脂への添加などに用いられます。

このように、リン酸カルシウムは組成によって用途に若干の違いがありますが、ドッグフードには第一から第三リン酸カルシウムの全てが使われています。

リン酸カルシウムを含んだリン鉱石

美しいブルーグリーンのアパタイトです。「アパタイト」の語源は、ギリシア神話に登場する欺瞞や失望の女神「Apate(アパテー)」の名に由来します。さまざまな色味が存在するアパタイトは、トルマリンやアクアマリンといった宝石と間違われやすかったため、「欺く」・「だます」という意味を込めて、この名が付けられたと伝わっています。

リン酸カルシウムは、天然の鉱物(リン鉱石)から取り出すことが可能です。
鉱物のうち、リン酸カルシウムを主成分としたものは、リン灰石(りんかいせき)やアパタイトと呼ばれます。
リン灰石は火山活動などによって生成され、世界中に広く分布している鉱物です。
含有されるその他の成分によって、ブルーやグリーン、ピンク、赤、紫、黄色など、さまざまな色のリン灰石が存在します。
中には、磨けば宝石として利用できるほどに美しい石が採掘されるケースもありますが、その確率は非常に低いです。

また、太古の時代に生きた海中の生物たちの死骸が堆積し、地殻変動などの影響で陸地に姿を現したものも、リン鉱石の一種です。
サンゴ礁や魚介類の死骸に、海鳥の排泄物(糞や尿)が降り積もりリンが溶出、サンゴ類のカルシウムと結合し、長い歳月をかけて岩のような状態に固まったものは、グアノと呼ばれています。
リン鉱石は日本ではほとんど産出されないため、中国やヨルダン、南アフリカ、モロッコ、ベトナムなどからの輸入に頼っています。
しかし、リン鉱石の埋蔵量の減少は著しく、このまま採掘・利用し続ければ、数十年から数百年程度で枯渇することは間違いないといわれています(枯渇までの年数は、試算する人によって異なるため、はっきりとした数値は得られていません)。

リンとカルシウム、それぞれの働き

リンとカルシウムは非常に結合しやすい性質を有しており、体内でもほぼリン酸カルシウムとしてセットで存在しますが、ごく一部は別々の成分として活動しています。
リンもカルシウムも、ワンちゃんの必須多量ミネラルに分類されます。
「必須」とは、その動物が生きる上で欠かすことのできない成分であり、食べ物からの補給が必要であるという意味です。
そして「多量」は、その栄養素の体内濃度や要求量が比較的多い(「g」単位で必要)ことを示します(対して、亜鉛やマンガンといった少量で足りるミネラルは微量ミネラルと呼ばれます)。

ここでは、リンとカルシウム、それぞれの働きを簡単にみていくことにしましょう。

遺伝物質やエネルギー源の材料となるリン

化学式「P」で表されるリンは、ワンちゃんの体重1kg当たり10g程度の割合で存在するミネラルです。
リンは、カルシウムと組み合わさることで骨や歯を構成する以外にも、さまざまな働きを持っています。

まずは、「生命の設計図」とも表現される、遺伝情報の詰まったDNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)、細胞膜を構成するリン脂質の構成成分として活躍します。
また、ナイアシン(ビタミンB3/ニコチン酸)の吸収促進も、リンの重要な働きのひとつです。

ナイアシンは、三大栄養素と呼ばれる炭水化物、タンパク質、脂肪を燃焼させる酵素を助ける補酵素として作用します。
ナイアシンが充分に供給されることで、これらの栄養素が効率よく消費され、ワンちゃんのエネルギー源となるのです。
同時に、余った栄養素が脂肪として蓄積されることも防止でき、ワンちゃんの肥満対策にもなります。
ナイアシンの欠乏は、皮膚炎や下痢、精神的な異常を招き、重症化した場合には死亡するリスクもあるため、リンの働きは重要なのです。

ナイアシンのその他の働きや欠乏症については、こちらの記事で解説しています。
ドッグフードの栄養素「ナイアシン」の働きとは?欠乏は命の危険も!

リンは、ナイアシンの吸収を助けるだけでなく、自らもアデノシン3リン酸(ATP)と呼ばれるエネルギーの素の原料となります。
そして、アデノシン3リン酸からリンが切り離されることによって、ワンちゃんの生命活動に必要なエネルギーが放出されるのです。

リンと一緒に大量のカルシウムやマグネシウム、食物繊維を摂取すると、リンの吸収率が低下します。
リンが体内に不足すると、ワンちゃんの食欲の低下や骨の変形、子犬の成長スピードが遅くなるなどの症状がみられます。
エネルギーが充分に作られなくなるため、疲れやすいといった症状で現れることもあるでしょう。

反対に、リンを多く摂り過ぎた場合には、カルシウムと結合し、吸収を阻害してしまいます。
また、腎機能が低下すると、リンの処理能力が低下し、排泄されなかった分が次第に蓄積していきます。
その結果、蓄積したリンによって腎臓がさらにダメージを受けるという悪循環にもなりかねません。
したがって、腎臓に問題を抱えるワンちゃんは、リンの摂取制限が推奨されています。

不足でも過剰でも健康に悪影響を及ぼすリンですが、その吸収は、ワンちゃんの体内である程度コントロールされています
ごはんにリンがわずかしか含まれていない場合、体がリンを少しでも多く取り込もうとして、吸収率がアップします。
反対に、リンが多く含有されるフードを食べた際には、吸収量が低下すると同時に尿として排泄される量が増えるのです。

筋肉を動かし酵素を活性化するカルシウム

骨や歯だけでなく、ワンちゃんの血液中や細胞内にも、カルシウムは含有されています。
その量は体内に存在するカルシウムのわずか1%程度にすぎませんが、ワンちゃんの生命を維持する上で非常に重要な役割を担っているのです。

まず、筋肉の収縮運動にカルシウムは欠かせません。
筋肉からできている器官のひとつが心臓です。
カルシウムが足りないと、心臓も満足に働くことができないのです。
またカルシウムには、ホルモンの分泌や、体内のさまざまな酵素の働きを活発にする作用もあります。

どんな年齢のワンちゃんにとっても、カルシウムは欠かせない栄養素です。
しかし特に、成長期の子犬にカルシウムが不足すると、くる病※3)や骨の形成異常、発育障害などの深刻な影響を及ぼしかねません。
成長期にカルシウムがタップリと必要なのは、人間もワンちゃんも同じなのです。
カルシウムは、神経伝達の円滑化にも関与するため、欠乏することによりイライラして攻撃的になったり、けいれんを起こしたりといった症状がみられることもあります。

※3 くる病・・・足の骨が変形し、歩き方や座り方に異常がみられる病気です。関節の腫れや痛みを伴うこともあります。また、骨の強度が低下し、少しのダメージでも骨折しやすくなります。

リンとカルシウムはバランスが大切

リンとカルシウムの結合は、丈夫な骨や歯に欠かせない反面、互いの吸収を邪魔し合うというデメリットもあります。
両者がしっかりと吸収され、体の中で働くためには、いくつかの条件を満たす必要があるのです。

まずは大前提として、ワンちゃんの体が必要とするだけの量のリンとカルシウムが摂取できていることです。
どちらか一方でも不足すると、前述通り、さまざまな欠乏症を生じます。

次に、両者のバランスです。
一般的に、リンとカルシウムの摂取バランスは、1:1もしくは1:2(リン:カルシウム)が理想的であるといわれています。

最後に、ビタミンD3が体内に存在していることも重要です。
ビタミンD3は、リンとカルシウムを効率よく吸収させ、骨の形成などにも有益な働きをします。
また、前述のリンの吸収量の調節は、ビタミンD3と副甲状腺ホルモンの作用によるものなのです。

ビタミンD3はコレカルシフェロールとも呼ばれ、ワンちゃんは食品からの摂取が欠かせません。
人間は、日光浴をすることによって、ビタミンD3を体内で合成することが可能です。
紫外線の作用で、皮膚内に存在する7-デヒドロコレステロール(プロビタミンD3)という物質がプレビタミンD3に変わり、そしてビタミンD3へと順を追って変化します。
しかしワンちゃんの皮膚には、7-デヒドロコレステロールが豊富に存在しないため、太陽に当たっても必要量のビタミンD3をまかなうことができないのです。

総合栄養食(※4)のドッグフードであれば、ふたつの栄養素の量とバランスは計算されて配合されているはずです。
各フードの推奨摂取量をしっかりと食べている、健康なワンちゃんであれば問題はないでしょう。
しかし、栄養バランスが考慮されていない手作り食を食べているワンちゃんや、偏食でおやつしか食べない、肉類しか食べない(※5)、腎機能障害を抱えている、といったワンちゃんは、リンとカルシウムの摂取バランスに気を遣ってあげる必要があります。

※4 総合栄養食・・・犬の主食として利用されることを前提として作られた、ワンちゃんに必要な全ての栄養素が含まれているドッグフードです。基本的に、総合栄養食と水だけで、犬の健康が維持できるように設計されています。

※5  肉類にはリンが多く含まれる反面、カルシウムの含有量は少ない傾向があります。ただし、ターキー(七面鳥)は、リンが控えめな食肉として知られています。

まとめ
リンとカルシウムは、リン酸カルシウムという化合物としても、独立した栄養素としても、ワンちゃんの健康維持のために役立ってくれる栄養素です。
しかし、この二つのミネラルの摂取バランスは、知識がなければコントロールが難しいことも確かです。
特に、腎臓に問題のある子など、特定の栄養素の過剰摂取に気をつけたいワンちゃんの食事であれば、なおさら頭を悩ませなければなりません。
ドッグフードのパッケージには、「〇〇%以上」のように、リンやカルシウムの含有量が記載されていることが多いです。
こういった表示を見比べて選ぶのもひとつの方法ですし、病気に適した栄養バランスに調整されているフードを購入するのもよいでしょう。