ドッグフードの栄養添加物「塩化コリン」
塩化コリンは栄養素であるコリンと塩素を化合させて作られた物質です。
塩素と化合させることによってコリンが良く溶け、他の原料とも混ざり合いやすくなります。
ドッグフードやその他の動物の飼料には、この塩化コリンの形でコリンが添加されていることが一般的です。
塩化コリンは、コリンとしての栄養を強化するために使われる添加物であり、塩化コリンとしては自然界に存在しません。
レバーや卵など天然の食品にはコリンとして含まれます(中でも、レシチンという栄養素の構成成分として含まれている場合が大半です)。
そのため、次の項目より栄養素や欠乏症・過剰症などについて述べていきますが、栄養素の「コリン」としてご説明します。
コリンの働き
コリンはビタミン様物質
コリンはビタミンB群の一種ですが、厳密にいうならばビタミンではありません。
どういうことかといいますと、ビタミンには「体内で合成不可能、もしくは非常に少量しか合成できないために外から補う必要がある」という定義があります。
コリンは体内で作ることができる栄養素であり、条件次第では欠乏することもありますが、必ずしも食品から摂取しなければならない栄養素というわけではありません。
そのため、ビタミンの定義からは外れるのです。
コリンのような「ビタミンによく似た働きを持つけれども、摂取は必須ではない」栄養素は、ビタミン様物質と表現されます。
作用はビタミンに似ていますが、他のビタミンB群がさまざまな酵素を助ける補酵素としての役割を持つのに対して、コリンにはこの働きは確認されていません。
レシチンの構成要素となり、細胞を保護する
コリンは、グリセリンや脂質、リン酸などといった栄養素とともにレシチン(ホスファチジルコリン)を構成している成分です。
レシチンは細胞の表面をおおっている細胞膜に含まれており、細胞に栄養素を取り込んだり、老廃物を外に排出したりする働きを持ちます。
ワンちゃんや私たち人間を始めとするすべての動物の持つ細胞膜をメインで構成しているのがレシチンなのです。
その他にも、レシチンには悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロールの値を低下させる働きが認められています。
しかも善玉コレステロールであるHDLコレステロールは増加させるという、特にシニア犬には嬉しい効果まであるのです。
さらにレシチンは、構成成分であるコリンとリン酸の親水性、グリセリンと脂質の親油性を兼ね備えているので、水と油を混ざりやすくする作用を持ちます。
そのため、脂質を固まりにくくして、代謝を促進してくれるのです。
こうした働きを持つレシチンは、高脂血症が原因となる動脈硬化の予防に効果的であるといわれています。
ワンちゃんは本来善玉コレステロールの数の方が多いため、高脂血症になりにくく、動脈硬化も起こしにくい動物です。
しかし安心してよいわけではありません。
高脂血症のなりやすさは犬種によっても異なり、シーズーやミニチュア・シュナウザー、シェットランド・シープドッグ、ロットワイラーなどは高脂血症になりやすいといわれています。
人間と違って高脂血症から動脈硬化になるリスクは低いとはいえ、膵炎など他の病気を発症する心配もあります。
悪玉コレステロールを低下させておくことは、ワンちゃんにとっても大切なことなのです。
アセチルコリンに合成され、認知機能を助ける
コリンは神経伝達物質のひとつであるアセチルコリンの前駆物質(ある物質に変化する一段階前の物質)ともなります。
体内に取り込まれたコリンは、酢酸と結合することによってアセチルコリンへと変化します。
アセチルコリンは中枢神経や自律神経をコントロールし、筋肉の緊張や収縮、唾液の産生促進、睡眠リズムを整え深く眠れるようにするなどさまざまな効果をもたらします。
血管の拡張作用もあり、血行促進や血圧低下、脱毛症の予防にも効果的です。
また、記憶力や学習能力に深く関係しており、ノルウェーで行われた研究によれば、血中のアセチルコリンの値が低い人ほど認知機能も低いという結果が出ています。
さらには人間のアルツハイマー型認知症の患者さんの脳内では、アセチルコリンの大幅な不足が確認されています。
加齢によるアセチルコリンの体内合成量の低下が、アルツハイマー型認知症の発症要因のひとつなのではないかと推測されているのです。
アルツハイマーというと、人間の病気のようなイメージがありますが、ワンちゃんにも発症する可能性があります。
アセチルコリンとアルツハイマーの関連はまだ研究段階です。
しかしコリンをしっかりと摂取させ、アセチルコリンの体内合成量を適切に保つことは、愛犬の健やかな老後にとって有益となる可能性があります。
コリンの欠乏と過剰
コリン欠乏の条件と症状
栄養素の不足や高脂肪食に注意
ワンちゃんはコリンを体内で作り出すことが可能です。
しかしコリンは、必要量が多いわりには体内での合成量が少ないため、ワンちゃんの状態によっては不足してしまう可能性もあります。
したがって、食品からも摂取させることが大切なのです。
ワンちゃんが以下のような状況の時に、コリンが不足するリスクがあります。
メチオニンの不足
コリンはワンちゃんの体内で、必須アミノ酸であるメチオニンを原料として合成されます。
そのため、メチオニンが不足するとコリンが十分に作られなくなり、足りなくなる可能性があるのです。
メチオニンは肉類や魚などといったタンパク質に多く含まれているため、これらの食品を摂取する機会の多いワンちゃんは不足するリスクは低いと考えられます。
きっちりと栄養管理のされたフードを規定量食べている場合には、それほど神経質になることはないでしょう。
しかし、食べてくれる食品の種類が少ない偏食のワンちゃんや、食欲が低下してほとんどフードを食べないワンちゃんなどは注意する必要があります。
ビタミンB12の不足
コリンの体内合成には、ビタミンB12も必要です。ビタミンB12はメチオニンからコリンを作り出す際に働く栄養素なのです。
メチオニンと同様、ビタミンB12が不足した際にもコリンの不足が連鎖的に起こりえます。
胃炎や胃の萎縮などで消化酵素をうまく分泌できないワンちゃんは、体内のビタミンB12が足りなくなることがあります。
また、寄生虫や悪性腫瘍が腸内に存在する場合にも、ビタミンB12の吸収率が低下することがあるのです。
こうした問題を抱えているワンちゃんは、コリンの欠乏にも注意を払ったほうがよいでしょう。
ビタミンB12不足に関する詳細については、こちらの記事をご覧ください。
→ドッグフードの栄養素「ビタミンB12」の働きと欠乏のリスクとは?
脂質の多い食事
コリンには脂質を代謝し、体内に溜まりにくくする働きがあります。
そのため、脂質の多い食事を摂取していると、その脂質の処理にコリンが総動員されてしまい、不足する可能性が出てきます。
脂質は活動的なワンちゃんたちにとって重要なエネルギー源となる大切な栄養素です。
しかし、摂取のしすぎは肥満や生活習慣病の原因ともなります。
人間の食事やお菓子などには、多くの脂質が含まれていることがあります。
人間よりも体の小さなワンちゃんが食べると、脂質過剰となる可能性が高いですので、自分の食べているもののおすそ分けは控えるようにしたいものです。
愛犬には犬用に調整されたフードやおやつをあげるようにしましょう。
コリンが欠乏すると脂肪肝や胸腺萎縮の原因になる
コリンが欠乏すると、ワンちゃんに以下のような症状がみられることがあります。
- 肝臓に脂肪が蓄積され、脂肪肝から肝硬変へと移行する可能性がある
- 腎臓から出血する
- 神経障害
- 子犬の場合には成長が遅くなる、十分に発育できなくなる
- 胸腺が萎縮する
最後の項目にある「胸腺」とは、胸の中心辺りに存在し、リンパ球を育成する働きを持つ器官です。
胸腺へと送り込まれたリンパ球は次第に成熟し、体の免疫力を司るヘルパーT細胞となります。
ヘルパーT細胞は、細菌やウイルスなど外部からの侵入者の種類に合わせて対処方法を決定し、攻撃役の他の免疫細胞たちに指示を出します。
胸腺が萎縮すると、ヘルパーT細胞が充分に育ちません。
未熟なヘルパーT細胞は当然うまく支持を出せませんから、その指示通りに動いている免疫細胞たちは混乱してしまいます。
具体的には、攻撃対象を見逃したり、間違えたり(自分の細胞への攻撃など)し始めます。
すなわち、免疫力が低下してしまうのです。
このように、コリンが欠乏すると体の至るところに悪影響が出てきます。
コリンは他のビタミン類やミネラル類などと比べると知名度の低い栄養素ではありますが、ワンちゃんの健康をさまざまな面から支えてくれているのです。
コリンの過剰摂取で赤血球が減少する
コリンは水溶性で排出が容易なため、体内に溜まりにくい栄養素です。
しかし、ワンちゃんの要求量の3倍程度のコリンを投与することによって、赤血球減少がみられることがあると報告されています。
AAFCO(※1)では犬のコリン要求量の最小値を1日当たり「代謝エネルギー1000kcal当たり340mg」と発表しています。
成犬の体重1kg当たりでは26mg程度のコリンが必要である(1日当たり)との計算もありますが、ワンちゃんの状況(食事内容や体調、体質、年齢、活動の強弱など)によって要求量は異なります(※2)ので、参考程度とお考え下さい。
また、コリンが体内で分解される際に発生するトリメチルアミンという物質は、腐った魚のような匂いを放ちます。
人においては1日10~16g以上のコリンを摂取した際に、分解しきれないトリメチルアミンによって体臭や口臭が魚くさくなることがあります。
これをトリメチルアミン尿症(魚臭症候群)といいます。
ワンちゃんにトリメチルアミン尿症が起こるのか、また起こるのであればコリンをどの程度摂取した際に起こるのかなど、詳細を示したデータは見当たりません。
しかし、トリメチルアミンは犬を始めとしたペット臭の主要な成分でもあるため、なるべく発生しないように留意したいものです。
とはいえ、通常の食生活において、ワンちゃんがそれほど大量のコリンを口にするということも現実的ではありませんので、あまり心配する必要はないでしょう。
ワンちゃんが魚くさい原因は主に、口内環境の悪化(歯垢、歯石の蓄積、歯周病など)、消化器系や腎機能の低下などが指摘されています。
まずは愛犬の健康チェックを行ってみてください。
また、与えているフードを変えることによって魚くささが治まったというケースも多いようです。
※1 AAFCO・・・アメリカに存在する機関であり、犬や猫のフードに含まれる栄養素の最小・最大量を公表しています。日本の多くのペットフードメーカーが、このAAFCOのデータを基準に商品を作っています。
※2 コリンに限ったことではありませんが、栄養素はワンちゃんによって要求量が変動します。例えばコリンでは、脂質の多い食事を摂っているとそれを代謝するために多く必要となりますし、成犬と子犬でも要求量は違ってきます。成犬であれば体重1kg当たり約26mg(1日当たり)のコリンが必要ですが、成長期の子犬の場合には体重1kg当たり約52mgと、成犬の倍の量が必要となります。
動物性食品に多く含有される
前述の通り、コリンは主にレシチンの構成要素として、さまざまな食材に含まれています。
以下に、ワンちゃんが食べることのできる食材の中で、コリンの含有量の高いものをグラフにまとめました。
まずは肉類に含まれるコリンの量です。
豚・牛・鶏のレバーに多く含有されていますが、ラム肉の含有量も捨てたものではありません。
日本でも生のラム肉をスーパーなどで見かけることが増えましたが、まだまだ一般的ではありません。
しかしラム肉を使用したドッグフードならば、輸入物を中心に多くの種類が販売されています。
ラム肉を手軽にワンちゃんに与えたい場合には、市販のドッグフードが便利でしょう。
こちらは肉類以外の食品のコリン含有量です。
やはり動物由来の卵に多く含まれていることが分かりますが、植物性食品の中では枝豆やサツマイモが健闘しています。
枝豆は繊維質が豊富なため、ワンちゃんにとっては消化しにくい食品です。
しっかりと加熱し、細かくしてから味付けをせずに(塩分過剰を防ぐため)与えるようにしましょう。
また、枝豆には下痢や嘔吐を起こすサポニンや、アレルギーのような症状を起こす可能性のあるレクチン(名前は似ていますがレシチンとは全く別の成分です)が含まれています。
サポニンへの対策は枝豆を大量に与え過ぎないことと、胃腸が弱っている状態のワンちゃんには与えないことです。
レクチンは(水を交換しながら)ひと晩じゅう水にさらし、70℃以上で30分加熱することによって毒性をなくすことができるといわれています。
サポニンとレクチンに関しての詳細はこちらの記事をご確認ください。
→ドッグフードの原材料「そら豆」の栄養素と要注意の成分とは?
まとめ
元気いっぱいで食欲もあるワンちゃんであればあまり気にする必要はありませんが、合成にかかわる栄養素のバランスが崩れると、コリンが不足する可能性もあります。
コリンだけではなく、他の栄養素の体内合成にとっても、ワンちゃんにバランスの良い食事を摂らせることは非常に重要です。
少食や偏食によって栄養価が偏ることは充分に考えらえますので、そうしたワンちゃんたちが栄養豊富な食事を少しでもたくさん楽しんで食べてくれるよう、私たち飼い主が工夫してあげたいものです。