ドッグフードの栄養添加物「炭酸カルシウム」
丈夫な骨や歯を作る、筋肉の伸縮や神経伝達に関与する、ホルモンの分泌を促進するなど、カルシウムはワンちゃんが生きていくうえで必要不可欠な働きを持った栄養素です。
良質な石灰岩(石灰石)から得られる炭酸カルシウムは、そんなカルシウムを手軽に補うことができる栄養添加物です。
さまざまなドッグフードやワンちゃん用のおやつに使用されている炭酸カルシウムとはどのような物質なのか、また、炭酸カルシウムから摂取できるカルシウムの働きや注意点などについてみていきましょう。
自然界に広く存在する炭酸カルシウム
トルコにある世界遺産、パムッカレです。温泉に含まれる炭酸カルシウムが、長い月日の中で積み重なり、この絶景が完成しました。「パムッカレ」とは「綿の城」を意味し、むかし、このエリア一帯が綿の一大産地だったことから名付けられました。
炭酸カルシウムは、カルシウムと炭酸イオンが化合した物質であり、化学式ではCaCO3と表記します。
こう書くと、炭酸カルシウムとは人工的に作り出された成分であるかのように感じますが、石灰岩(石灰石)(※1)やカルサイト(方解石)(※2)、大理石(※3)、貝殻、サンゴ、卵の殻など、自然界に存在するさまざまなものに含まれている天然の成分なのです。
食品添加物として利用されている炭酸カルシウムの原料は、主に石灰岩(石灰石)です。
石灰岩は、2~3億年前という気が遠くなるほどの昔に生きていた生物たち(サンゴや貝、有孔虫(海の中に生息するアメーバのような原生生物)など)の死骸が積み重なったものがもととなって形成されています。
この石灰岩が雨や地下水などによって浸食され、凸凹と隆起した独特の地形のことをカルスト地形と呼びます。
また、温泉や地下水に含まれる炭酸カルシウムが堆積してできた地形も、カルスト地形の仲間です。
有名なカルスト地形には、日本の秋吉台、中国の桂林、アメリカのイエローストーン国立公園、トルコのパムッカレなどが挙げられます。
このように、石灰岩は世界中に存在しますが、日本の石灰岩は純度が非常に高く良質なうえに、海外に輸出できるほど大量に産出されています。
したがって、日本産の炭酸カルシウムには日本で採れた石灰岩が利用されているのです。
日本の山口県にある秋吉台です。カルスト地形特有の、凹凸のある複雑な形の岩が並びます。
※1 「石灰石」と「石灰岩」は同じものを指す言葉ですが、鉱業的には「石灰石」、学問(岩石学)的には「石灰岩」と呼び分けられています。
※2 カルサイト(方解石)・・・炭酸カルシウムからできた鉱物の一種であり、石灰石(石灰岩)の主成分でもあります。含有される不純物の有無や種類によって、透明から白、ピンクやブルー、黄色などさまざまな色のものが存在します。非常にもろく、衝撃が加わるときれいなひし形に割れるという特徴を持った石です。
※3 大理石・・・地中の熱によって一度変性し、再度固まった石灰石のことを大理石といいます。また、石材として利用される石灰石を大理石と呼ぶケースもあります。
カルシウム強化の目的以外にもさまざまな用途で使用される
無味無臭で高いカルシウム含有量を誇る
炭酸カルシウムは常温では白い固体であり、味もニオイもありません。
食品の色や風味を邪魔することなく添加できるため、食品メーカーにとって非常に使いやすい添加物です。
また、他のカルシウム化合物(※4)よりも多くのカルシウムを含有しており(炭酸カルシウムは38%を超える量のカルシウムを含んでいます)、少しの量でもしっかりと効果が発揮できるというメリットもあります。
これらの理由から、炭酸カルシウムは、数あるカルシウム化合物の中でも最もカルシウム源として重宝されているのです。
※4 炭酸カルシウム以外のカルシウム化合物には、クエン酸カルシウム(カルシウム含有量は約21%)や乳酸カルシウム(カルシウム含有量約13%)、グルコン酸カルシウム(カルシウム含有量約9%)など、さまざまな種類が存在します。
品質改良剤や膨張剤の役割も持つ
1957年に食品添加物としての指定を受けた炭酸カルシウムは、
- 栄養強化
- 品質改良剤
- 膨張剤
- 基礎剤
など、色々な目的で食品に使用されています。
炭酸カルシウムがドッグフードに添加される目的は主に、栄養(=カルシウム)の強化です。
ワンちゃんの主食となる総合栄養食(※5)にはもちろんのこと、子犬用の粉ミルク、犬用ジャーキーや卵ボーロ、サプリメントなど、幅広く配合されています。
歯磨きガムなど、よく噛ませることを目的として作られる製品に対しては、適度な歯ごたえや弾力を与えるために利用されることもあります。
原材料表示には、「炭酸カルシウム」と書いてあることもあれば、「炭酸Ca」と表記されていることもありますが、どちらも同じ添加物です。
炭酸カルシウムは、私たちが日常的に口にする食品にも使用されています。
カマボコやちくわなどの魚肉練り製品、麺類などには、食感を良くするための品質改良剤として、また、パンには発酵を促すための膨張剤として用いられます。
さらに、チューインガムの噛みごたえを出すためのガムベース(基礎剤)としても欠かせません。
ガムに炭酸カルシウムを配合することにより、ガムがやわらかくなりすぎず、長時間しっかりと噛めるのです。
食品以外では、歯磨き粉の研磨剤、塗料、陶器やチョークなどに利用される他、燃えにくさや頑丈さの向上を目的として、ゴムやプラスチックに添加されることもあります。
※5 総合栄養食・・・そのドッグフードときれいな水さえ与えていれば、健康を維持するための全ての栄養素がバランスよく取れるように調整されたフードのことです。一般的に、ワンちゃんの主食となります。
カルシウムの働き
カルシウムは、「健康で頑丈な骨や歯を作るために不可欠な栄養素」であるということは多くの方がご存知でしょう。
しかし、カルシウムの働きはそれだけではありません。
ワンちゃんや私たち人間の体内のカルシウムは、骨や歯に含まれている量が最も多い(99%)のですが、その他にも細胞に0.9%程度、血液中にも0.1%程度含まれています。
細胞や血液中に存在するカルシウムは、
- 心臓を始めとする各種筋肉の伸び縮み
- 神経伝達をスムーズに行う
- 体内に存在ずる各種酵素を活性化させる
- ホルモンの分泌を促進させる
など、さまざまな役割を担っています。
このように、動物の命を維持するうえで欠かせない栄養素が、カルシウムなのです。
骨や歯に蓄積されているカルシウムは、細胞内や血液中のカルシウムが欠乏すると放出され、不足を補います。
カルシウムの欠乏は、子犬の骨や体の発育の阻害、くる病(クル病)を発症する原因となります。
くる病とは、痛みをともなう足の骨の変形や関節の腫れなどが起こる病気です。
足に異常が出る病気ですから、当然、歩き方や座り方にも変化(足を引きずる・蛇行するなどの不自然な歩行、足を投げ出すような座り方など)がみられます。
また、足の骨が変形するだけでなく、もろく折れやすくもなるため、ワンちゃんの生活の質が大幅に低下します。
くる病はカルシウムの他にもビタミンDの不足、タンパク質やリンの過剰摂取によっても起こりやすくなる疾患です。
治療方法は、足りない栄養素を補う、日光浴によって体内のビタミンD合成量をアップさせる、バランスの良い食事を与えることなどを組み合わせて行います。
また、カルシウムが不足すると神経系統の働きが滞るため、イライラと落ち着かなくなる、てんかんを起こす、筋肉がけいれんするなど、体にも心にも悪影響を及ぼします。
炭酸カルシウムは安全性の高い栄養素だが摂り過ぎに注意
海外において、炭酸カルシウムがヒトに対して動脈硬化をもたらしたという報告があります。
しかし、水質が軟水(※6)である日本に比べ、海外は硬水の地域が多く、人々は普段から多くのミネラルを自然と摂取している傾向にあります。
特にヨーロッパは、水の中に炭酸カルシウムが多く含まれている地域です。
動脈硬化の発症には、炭酸カルシウムの摂取だけではなく、こうした水質も影響しているのではないかと推測されています。
このように、真相がハッキリとしていない事例はあるものの、基本的には炭酸カルシウムの安全性は高いといわれており、ワンちゃんを始め動物の健康に悪影響を及ぼしたという事例はあまり確認されていません。
もともと炭酸カルシウムは、石や貝殻、卵の殻などに含まれ、自然界に非常に広く分布する物質です。
もしも生物の体に有害な物であるならば、とっくに排除されるなり警告が出されるなり、何らかの対策が取られていることでしょう。
しかし大昔から動物たちは、自然界の炭酸カルシウムと共生してきました。
このことも、炭酸カルシウムが安全な物質であるというひとつの証明になります。
※6 軟水と硬水の判断基準は、水の中に含有されているカルシウムやマグネシウムの量(=硬度)です。
1L当たりの硬度が100mg未満の軟水(これはあくまでも日本における基準であり、具体的な数値は国によって異なります)は、サラッとした口当たりで飲みやすく、石鹸類が泡立ちやすいという特徴があります。硬度100mg以上の硬水は、やや苦みを持ち、慣れていないと飲みにくいと感じる人もいます。
しかし、便秘の解消や料理時にアクが出やすくなるなどのメリットもあります。
とはいえ、炭酸カルシウムをワンちゃんに過剰摂取させることはしないようにしましょう。
それというのも、成長期の子犬に必要以上にカルシウムを与えた場合、骨の形成などに異常が出る可能性があるのです。
成犬期のカルシウム要求量は、体重1kg当たり100~120mg前後(個体差はあります)といわれていますが、新陳代謝が活発で、骨がグングン育っている時期のワンちゃんは、成犬よりもカルシウムを多く必要とします。
しかし、要求量以上のカルシウムを摂取し続け、血中のカルシウム濃度が上昇し過ぎると(※7)、カルシウム量を低下させるホルモン(カルシトニン)が甲状腺から大量に分泌されてしまうのです。
その結果、骨の成長が遅れたり、手足や背中の骨が曲がった状態で成長してしまったりすることがあります。
ワンちゃんの血液中に含まれるカルシウム量は、体内に存在するカルシウムのほんの0.1%程度に過ぎませんが、そのわずかな量のバランスをキープすることが、骨の形成上非常に大切なのです。
市販されているドッグフードは、炭酸カルシウムなどの添加により、カルシウムが強化されていることが多いです。
総合栄養食であれば、1日に必要なカルシウム量は当然含まれています。
それどころか、要求量を上回る量のカルシウムが配合されているフードも多く販売されています。
ワンちゃんの年齢に合った総合栄養食(子犬であれば子犬用のドッグフード)を与えており、それを愛犬がしっかりと食べているのであれば、カルシウム不足について心配する必要はそれほどないでしょう。
反対に、「子犬にはカルシウムがたくさん必要だから」と、サプリメントやカルシウムが強化されたおやつなどで補うと、前述のように骨に異常が出るリスクが高まります。
成犬用に比べ、子犬用のドッグフードにはたっぷりとカルシウムが含まれているため、普段の食事を必要以上に与えることも、過剰摂取のリスクを上昇させる原因となります。
特にこの傾向は、カルシウムの過不足の影響を受けやすい超大型犬や大型犬にみられることが多いため、該当する犬種を飼われているご家庭では特に注意が必要です。
では中型犬や小型犬ならば安心かといえば、そうとも言い切れません。
中型・小型犬は、大きなワンちゃんよりもカルシウム量に対して敏感ではないといわれていますが、やはりサプリメントなどからカルシウムを積極的に摂取させることは控えましょう。
また、成犬のカルシウムの過剰摂取も要注意です。
カルシウムの摂り過ぎは、尿路にできる結石(※8)や不整脈の原因にもなるともいわれているため、やはり普段の食事から摂り入れる程度に留めておくことがベストでしょう。
例外的に、「肉類がメインで他の具材はほんの少し」という内容の手作り食を食べているワンちゃんの場合には、カルシウムが不足する可能性があります。
このようなワンちゃんには、カルシウムを多く含有する食材(魚やチーズ、ミルク類、豆腐など)を与えたり、サプリメントなどから補ってあげることが必要なケースもあります。
※7 成犬であれば、多少カルシウムを多く摂りすぎたとしても、腸管での吸収が抑制され、血中濃度の上昇がセーブされます。しかし、子犬のうちはこのコントロール力が未熟なために、摂取したカルシウムがどんどんと吸収されてしまうのです(吸収率は50%程度)。これにより、血中のカルシウム濃度が上がりやすくなります。この調整力がしっかりと機能するためには、ワンちゃんが生まれてから10ヶ月程度の期間が必要です。
※8 尿路結石の一種であるシュウ酸カルシウム結石は、シュウ酸とカルシウムがもととなって作られます。ワンちゃんの尿路結石の中では、2番目に多い疾患です。石の形状はゴツゴツとしており、臓器を傷つけやすいことが特徴です。
尿路結石の詳細については、泌尿器ケア用ドッグフードのページでご説明しています。
→尿路結石などの泌尿器疾患を抱える犬用ドッグフードの特徴
まとめ
飼い主さんにとって、ワンちゃんは家族です。
特にまだ子犬のうちは、健やかに育ってほしいと望む親心から、「発育に良い」といわれる食べ物やサプリメントを、あれやこれやとあげたくなってしまうかもしれません。
残念なことにカルシウムは、その気遣いが裏目に出やすい(=過剰摂取による影響が出やすい)栄養素です。
しかし見方を変えれば、カルシウムは「愛犬に適したフードを、決められた量だけ、毎日しっかり食べさせる」という当たり前のことをきちんと行えば、簡単に必要量が補給できる栄養素でもあるのです。
栄養素には、カルシウムのように過剰摂取に気をつけたいものもあれば、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)(※9)など積極的に食事に取り入れることが推奨されているものも存在します。
それぞれの栄養素の個性を知り、愛犬の年齢や体調に合わせて調節してあげることは、ワンちゃんが健康的な生活を送るうえで大いに役立つことでしょう。
※9 DHA(ドコサヘキサエン酸)/EPA(エイコサペンタエン酸)・・・どちらも、魚に多く含まれる脂肪酸の一種です。血液の流れをスムーズにしたり、アレルギーの炎症を抑える働きなどが報告されています。
ワンちゃんの必須脂肪酸(健康維持のために、食品などから必ず摂取しなければならない脂肪酸のことです)であるα‐リノレン酸は、体内に入るとEPA→DHAの順番に変化します。
しかし、その変換率は犬によって個体差が激しいと考えられており、DHAやEPAは直接食品から摂取した方が良い栄養素といわれているのです。