ドッグフードの原材料「大麦」
大麦は、イネ科オオムギ属に分類される穀物です。
大麦の歴史は古く、日本ではすでに奈良時代には盛んに栽培されていたという記録が残っているほどです。
現在でも、米・小麦・トウモロコシの世界三大穀物に次いで、世界中で4番目に多く栽培されています。
ドッグフードにおいても、ワンちゃんの主食であるドライフードにウェットフード、手作りフード用の素材から、犬用クッキーやポン菓子(※1)まで、大麦を使った商品は数多いです。
通常食用とされのは大麦の種子の部分ですが、まだ若い葉を摘み取り、大麦若葉としてワンちゃん用のふりかけやジャーキーに加工されることもあります。大麦若葉は、私たちが飲む青汁に使われていることでも有名ですね。
犬とも人間とも関わりの深い食材である大麦についての情報をご紹介します。
※1 ポン菓子・・・大麦などの穀物を炒って圧力をかけた後、急激に減圧することにより数倍の大きさに膨らませたお菓子です。どの程度のサイズに膨らむかは穀物の種類によって異なります。大麦や玄米は約7倍、白米は約10倍もの大きさに膨らみます。ポン菓子は、子供たちが喜ぶ昔ながらの駄菓子としてもお馴染みです。穀物が膨らむ際に「ポン!」と大きな音がすることから、ポン菓子という名が付けられました。2018年現在では、「パフ」という呼び名でも親しまれています。
押し麦ともち麦
一般的に用いられることの多い大麦は、押し麦ともち麦です。
この2種類は同じ大麦ではあるものの、デンプン質の構成要素の違いによって、食感や栄養素にも違いが出てきます。
簡単に、ふたつの大麦の特徴をみていきましょう。
押し麦
押し麦とは、大麦に付いている硬い皮を取り除き、蒸して柔らかくした後にローラーなどで潰し水分を飛ばしたものを指します。
上の写真のように、大麦を押し潰してペタンと平たい形状にすることには、水分の吸収性をアップさせるという目的があります。
押し麦を始めとする大麦は、中央に1本の黒条線(こくじょうせん)という黒い筋が入っていることが特徴です。
大麦の窪んだ部分に入り込んだ外皮が、精麦(※2)時に除去しきれずにそのまま残ったものが黒条線です。
黒条線はその形状から、「フンドシ」というユニークなあだ名で呼ばれることもあります。
※2 精麦(せいばく)・・・大麦の外皮を剥き、食べられる状態に加工すること(または、加工された大麦のこと)です。米でいうところの精米と同じ意味合いを持ちます。
押し麦のデンプン質は、アミロペクチンとアミロースから構成されています。
アミロペクチンとは、非常に多くのブドウ糖が鎖状に連なり、枝分かれした構造のデンプン(炭水化物)の一種です。
このアミロペクチンを多く含有する麦ほど、柔らかくよく粘り、冷めても硬くなりにくいという性質を持ちます。
対するアミロースは、ブドウ糖が1本の鎖のように繋がった形状をしています。
アミロペクチンよりも水に溶けにくく、温度が下がると急激に固まる性質を持つアミロースは、大麦にやや硬めな質感を与えるのです。
押し麦に含まれるアミロペクチンとアミロースの比率は8:2程度です。
そのため、後述するもち麦よりも弾力性に欠け、冷めるとパサパサとした食感になります。
もち麦
もち麦のデンプン質は、ほぼアミロペクチンだけで構成されています。
そのため、炊きたての温かいうちはもちろんのこと、冷めても硬くなりにくく、モッチリとした食感が楽しめます。
このように、粘り気が強くお餅のような食感を持つ麦であることから、「もち麦」と名付けられました。
もち麦は、押し麦のように潰す加工はされていません。
形状は、上の写真のように丸くふっくらとしており、黒条線を除けば白米や玄米のような見た目をしています。
もち麦は、押し麦に比べて水溶性の食物繊維の含有量が高く、便秘やダイエットに良いといわれることや、プチプチもちもちとした心地良い食感などから、好んで使用する人も多い品種です。
押し麦ともち麦の他にも、大麦を黒条線に沿って半分に切った米粒麦(べいりゅうばく/こめつぶむぎ)と呼ばれる商品もあります。
米粒麦は名前の通り、形や色が米に似るように作られており、お米に混ぜて炊いても麦が入っているようには見えないため、違和感なく使うことができます。
大麦と小麦の違い
用途の違いはタンパク質の違い
大麦と同じようにドッグフードに使用されることの多い穀物に、小麦があります。
「大麦と小麦はどこが違うの?同じものではないの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、大麦と小麦は全く別種の作物です。
ここでは、大麦と小麦の違いについて、少しお話します。
種類 | 大麦 | 小麦 |
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分類 | イネ科オオムギ属 | イネ科コムギ属 |
タンパク質の構成 | 主にホルデインから構成されます。ホルデインは粘り気が少なく、パサついた食感を持つタンパク質です。 また、グルテンも僅かではありますが、含まれています。 |
グルテニンとグリアジンという2種類が絡み合って作られるグルテンと、グリアジンから構成されています。 グルテンは、小麦粉を水で溶いた時の粘りやベタつきのもととなります。 |
食品用途 | 粘度が低く、千切れやすいホルデインを主成分とする大麦は、小麦のようにパンや麺に加工することには不向きです。 大麦は主に麦茶やビール、醤油、味噌などの原料として使われます。水溶性食物繊維のお蔭で吸水性にも優れ、ご飯として炊くこともできます。 大麦は、家畜用飼料としても頻繁に使われる穀物です。 |
小麦は丸ごと使われることは少なく、大半は粉砕し、小麦粉として利用されます。 小麦粉は、粘り気やふっくら感、コシなどが必要とされる、パン、うどん、パスタ、ケーキ、クッキーなど、主食からお菓子まで幅広い食品の原材料となります。 小麦は、ドッグフードに頻繁に使用されている穀物でもあります。 |
呼び名の語源 |
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大麦と小麦のアレルギーについて
小麦はワンちゃんに対してアレルゲン(アレルギー症状を誘発する物質)となりやすい食品です。
大麦は小麦とは異なる穀物ではありますが、同じイネ科に属し、同じ「麦」の漢字が使われている食品です。
そのため、大麦を愛犬に与えることに不安を感じる飼い主さんも多いのではないでしょうか。
ワンちゃんは、小麦に含まれるグルテンに反応して、アレルギー反応を起こすことが多いといわれています。
大麦にも、微量ではありますがグルテンが含まれています。
すなわち、グルテンがアレルゲンとなる子は、大麦でも反応が出てしまう可能性はあるのです。
ただし、両者のグルテン含有量の違いから、アレルギーが軽度のワンちゃんであれば、無症状で済む場合もあるでしょう。
また、小麦や大麦に含まれるグルテン以外の物質がアレルゲンとなることも充分にあり得ます。
したがって、「小麦アレルギーのあるワンちゃんは、大麦に対しても必ず症状が出る」とも、「大麦にはグルテンが僅かしか含まれていないため、小麦にアレルギーのある子でも安心」とも言い切ることはできません。
アレルギーの既往歴のないワンちゃんが、大麦を食べて初めてアレルギー反応を起こすことも考えられます。
大麦も、小麦や他の食材と同じように、ワンちゃんのアレルギー体質の有無に関わらず、注意したい食品であることには変わりありません。
ワンちゃんの食品アレルギーの多くは、皮膚に症状が出ます。
腹部や足の付け根、肛門、目の周囲などの赤みや痒み、下痢や嘔吐など、食品アレルギーの症状はさまざまです。
人間に多いアナフィラキシー(※3)は、ワンちゃんには少ないものの、注意するに越したことはありません。
大麦が使用されたドッグフードを食べさせる時には、注意深く愛犬の様子を観察し、体調に異変が出た時には与えるのを止め、獣医さんの診察を受けられることをおすすめします。
※3 アナフィラキシー・・・短い時間のうちに、急激なアレルギー反応がみられる状態を指します。嘔吐、じんましん、気管や口腔内・目の周囲などの腫れ、呼吸困難などの激しい症状を伴い、ひどい場合には命に関わることもあります。そのため、早急に適切な治療を受けることが必要です。
大麦に含まれる栄養素
大麦には、ワンちゃんの体に嬉しいさまざまな栄養素が含まれています。
その中でもとりわけ特徴的な成分、また含有量の多い成分を中心にご紹介します。
水溶性食物繊維「β‐グルカン」
水溶性の食物繊維の一種であるβ‐グルカン(ベータグルカン)は、大麦を代表する栄養素です。
玄米やトウモロコシなどは、種子の周りの皮(外皮や薄皮)に食物繊維が集中しているために、皮を剥いてしまうと食物繊維の含有量が著しく低下してしまいます。
しかし大麦のβ‐グルカンは、胚乳と呼ばれる部分に多く含有されており、外皮を取り除いても含有量が保たれるのです。
上のグラフは、大麦を始めとする各種穀物の食物繊維含有量を比較したものです。
食物繊維には、β‐グルカンのような水溶性食物繊維と、水に溶けにくい不溶性食物繊維の2種類があり、それぞれの穀物にはこの両方が含まれています(含有量のバランスは種類によって異なります)。
このグラフは水溶性と不溶性食物繊維の合計量を比べたものですが、大麦の食物繊維量は最も高い値となっています。
β‐グルカンには、
- 硬い便を柔らかくして排泄しやすくする。
- 体内の過剰な脂質や糖質、ヒ素や鉛などの有害物質を便と一緒に排出する。
- 給水しゲル状になると、胃の中の食物を包み時間をかけて腸内を移動するため、食後血糖値の上昇が穏やかになる。
- 自らがエサとなることで腸内の乳酸菌の数を増やし、腸内フローラ(腸内の各種善玉菌・悪玉菌・日和見菌の生息バランス)を良好な状態にキープする。(その結果、過剰な食欲の抑制、ウイルスや細菌に強い体を作ることに繋がる)
- 体内で起こっている慢性的な炎症を減らすホルモンを増加させる
など、さまざまな健康効果があるというデータが報告されています。
大麦には水溶性食物繊維であるβ‐グルカンの他、不溶性食物繊維も含まれています。
不溶性食物繊維は、腸内で水分を取り込むとかさが増し、便のサイズを大きくするほか、腸壁に適度な刺激を与え、便意を促します。
この作用のお陰で便が速やかに体外へと排泄されるので、体にとっての不要物(=便)がいつまでも腸内に残っていることを防ぐことができるのです。
また、腸内の有害物質をからめとり、便とともに排泄してくれる作用もあり、ワンちゃんの腸内をキレイにすることにも役立ちます。
以上のことから大麦は、肥満が気になるワンちゃんや糖尿病の子、便秘だけでなく、下痢やお腹の張りなど、腸内の全般的な不調に悩むワンちゃんにとってもメリットのある食材だということが分かります。
疲労回復に役立つビタミンB1
ビタミンB1は、ブドウ糖(食品から取り入れられた炭水化物は、体内でブドウ糖になります)がエネルギーへと変化する際に必要不可欠な栄養素です。
「ブドウ糖は糖分だから、犬にはあまり摂取させないほうがよいのでは?」と思う飼い主さんもいらっしゃるかもしれません。
しかしブドウ糖は、ワンちゃんの脳が正常に働くために重要な動力源となるのです。
さらにビタミンB1は、エネルギーが生み出される際に発生する乳酸を、エネルギー源として利用できるように作り変えてくれる働きも持ちます。
乳酸が代謝されずに体に溜まると、疲労感の原因となります。
この乳酸を処理する働きを持つことから、ビタミンB1は「疲労回復のビタミン」として知られています。
ビタミンB1には他にも、筋肉の伸縮や認知機能の維持、尿のスムーズな排泄を助けるなど、さまざまな面から体の調子をキープしてくれる作用があります。
ビタミンB1の詳しい働きや、ワンちゃんの欠乏症・過剰症などの情報は、こちらの記事をご確認ください。→ドッグフードのビタミンB1の働きとは?欠乏した犬はどうなるの?
筋肉や神経もコントロールするカルシウム
大麦は、カルシウムが豊富な穀物でもあります。
カルシウムは、骨や歯の主要な構成成分であり、これらの組織を強固にするために重要なミネラルです。
「カルシウム=骨や歯の健康を維持する栄養素」というイメージに隠れがちですが、その他にも、
- 神経伝達物質の放出をコントロールしてイライラを鎮め、精神を安定させる
- 筋肉(心筋も含みます)の収縮がスムーズに行われるように助ける
- 血液を固める作用を持つ酵素の働きを促進させ、傷を負った際の円滑な止血を可能にする
など、カルシウムは数々の重要な働きを担っているのです。
元気な血液を作るモリブデン
大麦には、モリブデンというミネラルも多く含有されています。
モリブデンは、ビタミン類やカルシウムなどに比べると認知度の低い栄養素です。
モリブデンという単語を、今初めて目にしたという方もいらっしゃることでしょう。
それもそのはずで、モリブデンは2018年2月現在においても、全ての働きが解明されていない謎の多い栄養素なのです。
モリブデンは、ワンちゃんや私たちの体の健康維持に必要であるということはハッキリとしていますが、その量はごく僅かで事足りるといわれています。
現段階で判明しているモリブデンの働きのひとつに、鉄分の利用効率を上昇させる酵素のもととなることが挙げられます。
鉄分は、血流に乗って体中に酸素を届けるヘモグロビンや、筋肉中で待機して、酸素を受け取り貯蔵するミオグロビンなどの原料です。
鉄分が効率よく利用されることで、貧血知らずの健やかな血液を保つことができるのです。
また、余計な糖質や脂質の代謝を促進する働きもあるため、β‐グルカンとの相乗効果も期待できます。
さらにモリブデンは、痛風の原因となる尿酸の代謝にも威力を発揮してくれます。
とはいえワンちゃんたちは人間と異なり、モリブデンのお世話にならなくても尿酸を分解できる動物です(ウリカーゼという酵素の働きによります)。
唯一、ダルメシアンだけは尿酸を分解できない体質を持つため、大麦などのモリブデンを多く含む食材を利用して、尿酸値に気を配ってあげましょう。
まとめ
大麦はドッグフードに含まれていることも多い素材ですし、押し麦やもち麦の形で販売もされており、調理に取り入れることも簡単です。
人間には好まれがちなプチプチとした歯ごたえを、ワンちゃんがどう思うのかは不明ですが、普段使用している白米や玄米の代わりに手作りフードに加えてみるのもよいのではないでしょうか。