ドッグフードの酸化防止剤「没食子酸プロピル」
ドッグフードの酸化を防止する目的で使用されている添加物のひとつに、没食子酸プロピルがあります。
強力な酸化防止剤として知られるBHT(ジブチルヒドロキシトルエン)やBHA(ブチルヒドロキシアニソール)よりも、油脂に対する優れた抗酸化作用が認められている没食子酸プロピルですが、ワンちゃんの体への安全性に問題はないのでしょうか。
ここでは、没食子酸プロピルとはどのような添加物なのか、各種動物実験の結果を踏まえた上での安全性についてなどをご説明していきます。
没食子酸プロピルとは
日本における使用範囲は油脂とバターのみ
日本において、人間用の食品への没食子酸プロピルの使用は厳しく制限されています。
具体的な用途は油脂とバターに限定されており、油脂1kg当たりに含まれる没食子酸プロピルは0.20gまで、バター1kgでは0.10gまでと、使用量も決められています。
しかし人の口に入ることのないドッグフードにおいては、この基準は適用されません。
没食子酸プロピルはその強い抗酸化性から、シャンプーや口紅、クレンジング剤といった化粧品や医薬品の品質保持のためにも用いられることがあります。
用途が限定されている没食子酸プロピルは、私たち日本人にはあまり馴染みがありません。
「没食子酸プロピルの存在をよく知らない」、「そもそも、没食子酸という字をどのように読むのか分からない」という方も多いのではないでしょうか。
「没食子酸」は「もっしょくしさん」、もしくは「ぼっしょくしさん」と読みます。
「没食子」とは、ブナ科の樹木の若芽にみられる瘤(こぶ)です。
これは、インクタマバチという蜂が卵を産みつけ、それが刺激となって若芽の組織が変形して形成されたものです。
没食子のような瘤は他の植物でも多くみられ、さまざまな種類の虫が原因であることから「虫こぶ」や「虫(ちゅう)えい」という総称でも呼ばれています(英語では「ゴール(gall)」といいます)。
没食子は50~70%という高濃度のタンニンを含み、ヨーロッパでは古くからインクや染料の原料として、または皮をなめすために利用されてきました。
虫こぶは、原因となる虫や樹木の種類によって、それぞれ外観が異なります。
下の写真は没食子ではありませんが、他の植物の虫こぶの様子を写したものです。
葉に形成された鮮やかな紫色の瘤が確認できます。
没食子に含まれる有機酸が「没食子酸」です。
没食子酸は没食子の他、ウルシ科の植物であるヌルデに発生する「五倍子(ごばいし/ふし)」という名の虫こぶにも含有されています(こちらは蜂ではなくアブラムシの寄生が原因となります)。
植物に広く含まれるタンニン(※1)を加水分解することによっても、没食子酸を得ることが可能です。
また没食子は、ウーロン茶やプーアル茶などにも多く含まれているのですが、これは茶葉に含まれるカテキン(※2)が発酵過程で変化したものです。
ウーロン茶やプーアル茶などがダイエットの味方といわれる理由のひとつに、この没食子酸の存在があります。
没食子酸は体内で脂肪の吸収を阻害し、内臓に蓄積しにくくしてくれる働きがあるといわれているのです。
この没食子酸とプロピルアルコールを人工的に脱水して作られた化合物が、没食子酸プロピルです。
※1 タンニン・・・植物の葉や実、根、樹皮などに広く含まれる、苦味のある成分です。虫や鳥から身を守るため、植物が自ら生成するポリフェノールの一種です。栗の渋皮や渋柿には、多くのタンニンが含まれています。
※2 カテキン・・・こちらも、植物が生成するポリフェノールの一種です。茶葉に多く含まれることで知られています。カテキン同士が複雑に組み合わさった化合物をタンニンと呼びます。
没食子酸プロピルの性質
没食子酸プロピルは、正式には「プロピル=3,4,5-トリヒドロキシベンゾアート」という、舌を噛みそうな長い名称を持っています。
水には溶けず、油にもやや溶けにくいですが、熱湯やアルコールには溶けるという性質を持ちます。
没食子酸プロピルは常温では白い色をした結晶体であり、匂いはありません。
しかしラットの実験において、高濃度の没食子酸プロピルを餌に混ぜた際には苦味が生じ、ラットが積極的に食事を摂取しなくなったという報告が上がっています。
また、没食子酸プロピルを鉄イオンと合わせると青い色に変化しますが、クエン酸やビタミンCを併用することで変色を防ぐことが可能です。
没食子酸プロピルの安全性
欧州では、ペットフードへの没食子酸プロピルの使用量に「100ppm(ppm=100万分の一)以下」という制限を設けています。
この数値は、過去に行われてきたさまざまな動物実験の結果を元にして、ワンちゃんや猫ちゃんの健康に悪影響を与えないように定められたものです。
ここでは、没食子酸プロピルに関してどのような実験が行われ、どのようなデータが得られたのかを具体的にみていきたいと思います。
犬への毒性は認められていない
まずは1948年に ワンちゃんを対象として行われた実験の結果からです。
2年2ヶ月の期間に渡り、没食子酸プロピルを0.01%混ぜた餌を犬に与え続けた実験が行われましたが、ワンちゃんたちの体に異常はみられなかったと報告されています。
また犬と同様の期間、モルモットには0.02%、豚には0.2%の濃度の没食子酸プロピルを含有する餌を与えた実験も実施されました。
このふたつの実験においても、没食子酸プロピルによる毒性は確認されていません。
また、ラットとマウスに対して6000ppmと12000ppmの濃度の没食子酸プロピルを添加した餌を2年間与えた実験において、発がん性はないと認められています。
ラットやマウス実験によって確認された毒性
犬やモルモット、豚などでは毒性が確認されなかった没食子酸プロピルですが、ラットやマウスを用いた実験では、いくつかの健康被害のデータが得られています。
まず、マウス実験によって染色体に異常を与える可能性が確認されています。
染色体とは、生物の遺伝情報が収められたDNA(デオキシリボ核酸)が、ヒストンというタンパク質に巻きついた状態のものを指します。
染色体異常が発生すると、細胞のガン化や細胞死などが起こる、胎児の遺伝病の発生、流産の原因となるなどのリスクが指摘されています。
また13週間に渡って、6000ppmの没食子酸プロピルを混ぜた餌を投与されたラットにおいては異常はみられませんでしたが、25000ppmの没食子酸プロピルの餌を与えられたラットたちには、粘膜の潰瘍や壊死、炎症といった胃への悪影響がみられました。
その他にも、ラットを用いた実験によって、没食子酸プロピルの影響と考えられる貧血や腎機能障害、体重増加の抑制などが確認されています。
体重1kg当たり125mgから2000mgもの没食子酸プロピルを、ラットやマウスに経口投与(口から摂取させること)したケースでは、多量に投与された一部の動物の活動量が減少し、死亡例も報告されています。
ただしこの実験は、JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)(※3)が人間に対して定める没食子酸プロピルのADI(1日当たりの摂取許容量)、「体重1kg当たり0~1.4mg」という値と比べると、非常に多量の没食子酸プロピルが使用されています。
通常の食事をとる中で、これだけ大量の没食子酸プロピルを摂取する機会はほぼないと考えられるため、この結果だけを見て「没食子酸プロピルは危険な添加物である」という判断を下すことはできないといわれています。
また、この実験に用いられたラットたちの組織に関する検査や、解剖によって得られたデータも存在せず、実験結果自体が不完全であるという指摘もあるのです。
※3 JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)・・・FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が共同で組織し、運営しています。各国の専門家が集まり、化学的な根拠に基づいて添加物や汚染物質の安全性の評価を行う機関です。「JECFA」は「ジェクファ」と発音します。
人に対してはアレルギー性皮膚炎誘発のリスクがある
ワンちゃんへの影響はハッキリしていませんが、没食子酸プロピルが人間へ与える健康被害にアレルギー性の皮膚反応があります。
没食子酸プロピルを用いた人間の腕へのパッチテストによって、赤みと痒みを訴えた被験者がいたという報告がある他、没食子酸プロピルを含んだ口紅の使用者において、アレルギー性の唇への炎症が確認されています。
ワンちゃんへの実験結果だけをみるのであれば、一見安心できる成分と思える没食子酸プロピルですが、ラットやマウス実験ではさまざまな毒性が認められています。
犬への安全性に関しても、没食子酸プロピル濃度が0.01%の餌であれば影響はないということは実験結果から分かっていますが、ラットやマウスほど多くのパターンの試験が行われているわけではありません。
そのため、ワンちゃんがさらに多くの量の没食子酸プロピルを摂取した場合や、長期に渡り食べ続けた場合のデータは得られていないのです。
とはいえ、定められている使用量を守っていれば健康被害の恐れは少ないとして、多くのメーカーが使用していることも確かな事実です。
まとめ
こうしたリスクが曖昧な成分を含むドッグフードを愛犬に与えるか否かという問題の解答に正解はなく、飼い主さんそれぞれで考え方は異なります。
「現在愛犬に与えているフードに没食子酸プロピルが含まれているけれど、食い付きも良いし体調にも問題はない。これからも与え続けたい」というご家庭も多いことでしょう。
しかし、ローズマリー抽出物やミックストコフェロールといった酸化防止剤を使用したドッグフードもたくさん出回っています。
もしも没食子酸プロピルに対して不安感が強いようであれば、そうした安全性が比較的保証されている成分を用いたフードを選ぶこともひとつの選択肢です。