ドッグフードの原材料「エミュー」
エミューは、ダチョウとよく似た外見を持つ鳥です。
オーストラリアの国鳥でもあり、カンガルーと共にオーストラリアの国章(※1)にも描かれています。
エミューもカンガルーも前にしか進むことができない動物です。
これは「前進あるのみ」というメッセージであり、他国に比べて若い国である(1901年に設立)オーストラリアへのエールが込められているのです。
エミューは私たち日本人にとってはまだまだ馴染みが薄く、ワンちゃんの食材としてもマイナーです。
ドッグフードのタンパク源として使用されている他、犬用の冷凍肉なども販売されてはいますが、その数は非常に限られています。
しかし、エミューの肉は「鉄分とタンパク質が多く低脂肪」という特徴を持った、非常に健康的な素材なのです。
そのヘルシーさが評判となり、モデルや運動選手、美容に関心の高い女性たちを中心に認知度が上がっています。
エミューから採れる脂も高栄養で肌にも良いため、配合した医薬品(オーストラリア限定)(※2)や化粧品なども売られているほどです。
ここでは、各方面から熱い注目を浴びるエミューの栄養素が、ワンちゃんたちにとってどのように有益なのかといった点にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。
※1 国章…国家の文化や歴史を象徴する紋章であり、国旗とは別のもの。
※2 オーストラリアにおいて、エミューオイルは「炎症を抑え、皮膚の状態を改善する薬」として医薬品に認定されており、常備薬としている家庭も多い。日本では医薬品指定はされていない。
エミューは環境適応力に優れた大型の鳥
エミューは翼を持った鳥ではありますが、空を飛ぶことはできません。
体高は約1.4~2.0メートル、体重は約40~60キログラムと、ダチョウに次いで世界で二番目に大きな鳥です。
エミューはオーストラリアの砂漠周辺や草原を中心に生息しています。
特に砂漠地帯における昼夜の寒暖差は激しく、その中を8000万年以上生き抜いてきたエミューは強い生命力と繁殖力、優れた環境への順応性を持つのです。
雑食性のエミューは、人々の育てた作物を食い荒らすこともあり、1932年には害鳥として大規模な駆除作戦が行われたという歴史もあります。これを「エミュー戦争」と呼びます。
これによりエミューの数は一時的に激減し、現在は政府によって大切に保護・管理されています。
「放っておいても育つ」などといわれるほどに丈夫で適応力のあるエミューは、飼育が簡単なことでも有名です。
オーストラリアだけではなく日本でもエミューの飼育は行われてはいますが、国内での飼育数はまだまだごくわずかです。
2017年9月現在までに、エミューによる鳥インフルエンザの発生は一度も確認されていません。
したがって、非常に安全性の高い肉であるといわれていますが、これはエミューが飼育され始めてからあまり時が経っていないことによるものだと指摘する声もあります(エミューの飼育は1976年にスタートしました)。
エミューは生き物ですから、今が大丈夫だからといって、この先も絶対にインフルエンザにかからないという保証はどこにもありません。
ドッグフードの原材料の安全性には常にアンテナを張っておいた方がよいでしょう。
エミュー肉は見た目も味も、脂身の少ない牛肉のようだと表現されることが多いですが、人によっては独特な臭みを感じるケースもあります。
一般的にワンちゃんは、脂肪分が中程度から高めの食べ物を好む傾向にあるため、淡白な味ともいわれるエミュー肉をあまり喜ばない子もいるでしょう。
しかし、野性味溢れるニオイは犬の食欲を刺激する可能性も高いです。
エミューは肉もオイルも高栄養
エミューの肉は鉄分が豊富
エミューの肉には、豚肉の4倍ともいわれるほどの豊富な鉄分が含まれています。
しかもエミュー肉に含まれる鉄分は、吸収効率の良い「ヘム鉄」と呼ばれる種類なのです。
鉄分は、妊娠・授乳中のワンちゃんや、病気などで貧血気味の犬たちにとっては特に重要な栄養素です。
鉄分は赤血球中のヘモグロビンや、筋肉中のミオグロビンなどの素となる成分です。
ヘモグロビンは血液の赤い色の素となっている色素タンパクで、ワンちゃんの体の隅々に酸素を届ける働きをします。
その酸素を筋肉の中へ取り込むという役割を持つのがミオグロビンです。
人と同じように犬も鉄分不足となります。
鉄分が不足すると貧血が起こります。
人であれば、青白い顔色なども貧血の判断材料とすることができますが、被毛によって覆われたワンちゃんの場合は分かりにくいでしょう。
犬が鉄分不足になると、少し遊んだり散歩に行っただけでも疲れやすくなったり息切れをする、皮膚や歯ぐきの色が白っぽくなる、毛ヅヤが悪くなる、元気がなくなるといった症状がみられます。
下痢や脱毛などが起こることもあります。
反対に、犬が人用のサプリメントの誤飲によって鉄分だけを大量に摂取してしまうと、食欲不振や体重減少、嘔吐や意識消失などを起こすリスクがあります。
病気などで鉄分が大量に必要な状態の場合はサプリメントで補う必要性も出てくるかもしれません。
その場合も獣医さんなどに相談し、犬用のサプリメントなどをしっかりと用量管理をしながら用いることが大切です。
しかし健康維持のため、普段の生活の中で愛犬に鉄分を補給したい場合には、エミュー肉などのように鉄分豊富な材料を使った食事が適しているといえるでしょう。
エミュー肉は高鉄分なだけではなく、タンパク質も豊富に含んでいます。
しかし脂肪分は極端に低く、牛肉の3分の1程度の4%ほどです。
そのため、低カロリーでコレステロールも溜まりにくいという魅力的な素材なのです。
万能薬として重宝されてきたエミューオイル
オーストラリアでは医薬品として認定されているエミューオイル
オーストラリアの内陸部はゴツゴツとした岩が多く、その岩によって負った傷が原因となり死亡する鳥たちは少なくありません。
しかし、エミューだけは死亡率が圧倒的に低いことがわかっています。
これは、エミューが非常に優れた肌の再生能力を持っているためなのです。
この再生力の秘密は、エミューの持つ脂肪にあります。
エミューの脂肪から得られる「エミューオイル」は、オーストラリアの先住民であるアボリジニーたちが、4万年以上も前から万能薬として愛用してきました。
エミューオイルには優れた肌の保湿効果があり、皮膚炎ややけど、筋肉痛や関節痛などを緩和するのにも有効といわれています。
自生するユーカリの成分であるテルペン(引火物質)による発火や、落雷、乾燥した風などさまざまな自然条件により山火事が多発するオーストラリアにおいて、火事でやけどを負ったカンガルーやコアラたちの皮膚治療にも、エミューオイルが使われているほどなのです。
その高い効果から、オーストラリア政府はエミューオイルを医薬品として認めています。
エミューが栄養価に優れた脂肪を持つ理由は、一風変わったエミューたちの生態にあります。
エミューのメスは、鮮やかなエメラルドグリーンのような色をした美しい卵を産むのですが、それを温めて孵化させるのはオスの仕事なのです。
メスが卵を産むと、オスのエミューは飲まず食わずで約60日間卵を温め続けます。
その間のオスの栄養源はといえば、体の中に蓄えられてきた脂肪だけなのです。
厳しい自然条件の中で、大きな体を持つエミューの命を約2ヶ月間も繋ぐことは、生半可な栄養価では不可能だということがお分かりいただけるのではないでしょうか。
それほどまでに栄養価の高いエミューオイルですので、これをワンちゃんに与えた場合にも、さまざまな好影響が期待できるのです。
エミューオイルは豊富な脂肪酸を含む
こうしたエミューオイルの優れた効果のもととなっているのが、バランス良く含まれている脂肪酸です。
脂肪酸は大まかに、2種類に分類されます。
ひとつめは飽和脂肪酸です。
飽和脂肪酸は肉類や乳製品に多く含まれ、常温では主に固体の状態を維持します。
そのため体内においても固まりやすく、過剰摂取は中性脂肪やコレステロールが増えてしまう可能性があります。
「悪玉の脂肪酸」と表現されることもありますが、効率の良いエネルギー源となるため、体には必要な成分です。
対する不飽和脂肪酸は通常青魚や植物に多く含まれており、常温で液状になっていることが一般的です。
免疫機能や生殖能力を正常に保ったり、皮膚や被毛のコンディションの維持、コレステロール低下などの作用を持ちます。
こちらは「善玉の脂肪酸」とも呼ばれています。
エミューオイルは飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の両方を含有しますが、最も注目すべきは、リノール酸、オレイン酸、α-リノレン酸と呼ばれる3種類の不飽和脂肪酸をバランス良く含んでいるという点です。
それでは3つの脂肪酸の特徴をみていきましょう。
リノール酸
リノール酸は、ベニバナや大豆、トウモロコシなどの植物から採れる油に多く含まれている成分です。
犬を始めとした多くの動物の体内では作り出せない栄養素となっており、食べ物を通じての摂取が必須となります。
このリノール酸は、子育て中の母犬の出す母乳にも含まれています。
生まれて間もない子犬たちは、お母さんのミルクを飲むことによって、リノール酸を摂取しているのです。
皮膚のバリア機能を高めたり、ワンちゃんの被毛にツヤや潤いを与えて良好な状態を保ってくれるリノール酸ですが、摂り過ぎに気を付けたい成分でもあります。
リノール酸が体内で過剰となると、アレルギーを起こしやすくなる、血栓ができる、免疫力の低下などの症状が現れることがわかっています。
ドッグフードにはこのリノール酸が多く含まれる傾向にあるため、リノール酸が過剰気味となっているワンちゃんも多いです。
オレイン酸
オリーブ油やキャノーラ油、ナッツなどに多く含まれている成分がオレイン酸です。
オレイン酸は皮脂の成分のひとつでもあり、皮膚細胞を元気にして皮膚や被毛の潤いを保つ働きをします。
また、酸化しやすい不飽和脂肪酸の中では安定度が高く、酸化しにくいという特徴を持ちます。
過酸化脂質(※3)の発生を抑えることにより、長寿命化によってワンちゃんにも増えている高血圧や心疾患などの生活習慣病を予防してくれる効果が期待できます。
また、オレイン酸には悪玉コレステロール(LDL)値のみを低下させ、善玉コレステロール(HDL)値はそのまま保つという働きもあります。
これにより、高脂血症によって引き起こされる動脈硬化や心筋梗塞の予防にもなるのです。
犬の場合は、悪玉コレステロール値よりも善玉コレステロール値のほうが高いことが一般的ですので、人間に比べると動脈硬化などの発生リスクは低めです。
しかし、絶対にならないというわけではなく、ミニチュア・シュナウザーやシェットランド・シープドッグ、ロットワイラー、シーズーなどは高脂血症になりやすい犬種であると言われています。
私たち人間と同様に、血中のコレステロール値を正常に保つことは、犬にとっても必要であるといえるでしょう。
※3 過酸化脂質…酸素と脂が結びつき、酸化した状態ものを過酸化脂質と呼ぶ。DNAの損傷を招き、老化速度を促進したり、心臓病や糖尿病、発ガンなどの引き金となる可能性がある。
α-リノレン酸
α-リノレン酸は主にえごま油、大豆油、シソ油などの植物性の食品に多く含まれている脂肪酸です。
エミューは動物ではありますが、脂にはこのα-リノレン酸がたっぷりと含まれているのです。
α-リノレン酸は皮膚の潤いを保ち、外的な刺激から保護する働きを持ちます。
体内に入ったα-リノレン酸の一部は、EPAという成分に変換され、さらにDHA へと変化します。
EPA(エイコサペンタエン酸)は、中性脂肪を減少させ、血液の粘度を低下させることにより、血栓を防いでくれる働きを持ちます。
DHA (ドコサヘキサエン酸)は脳の神経を活性化し、脳機能を正常にする働きがあると知られています。
不足した場合には記憶力が低下するという報告がされているため、ワンちゃんのしつけ時などに悪影響を及ぼす可能性があります。
また、DHA は網膜にも多く含まれている成分であるため、不足すると、暗闇において目が慣れるまでに時間がかかることが報告されています。
しかし、どれだけの量のα-リノレン酸がEPAやDHAへと変化してくれるかは、ワンちゃんの体質によっても異なります。
α-リノレン酸の変換が苦手な犬もいるため、DHAなどを豊富に含む魚油やサプリメントなどを直接与えたほうがよいケースもあることを覚えておきましょう。
3つの脂肪酸のバランスにすぐれたエミューオイル
ここまで、エミューオイルに含まれる3種類の不飽和脂肪酸の効果についてご説明してきました。
それを踏まえて少しだけ、これらのバランスの重要性をお話ししたいと思います。
エミューオイル中に不飽和脂肪酸が占める割合は約7割です。さらにその中の4割がオレイン酸となります。
前述の通り、オレイン酸は皮脂の構成成分となり、皮膚の保護や代謝の促進、被毛の潤いなどに欠かせない成分です。
エミューのケガに対する驚異的な回復力は、このオレイン酸の割合が高いことによるものだといわれています。
また、「飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸」の比率は「3:4:3」が最も理想的であるとされています。
「不飽和脂肪酸」の前に付いている「一価」や「多価」という言葉は、脂肪酸を構成している炭素の結合数によって区別されるのですが、どちらも不飽和脂肪酸であることに変わりはありません。
細かく分類すると、オレイン酸は一価不飽和脂肪酸であり、リノール酸とα-リノレン酸は多価不飽和脂肪酸となります。
エミューオイルに含まれる脂肪酸は「(飽和脂肪酸)3:(一価不飽和脂肪酸)4:(多価不飽和脂肪酸)2」のバランスとなっており、まさに理想に近い構成なのです。
各脂肪酸同士のバランスが崩れると、生体内でさまざまな不都合が起きてしまいます。
例えば、これらの脂肪酸の中で飽和脂肪酸が突出して多いとしましょう。
すると、ワンちゃんの体内で飽和脂肪酸が固まり、中性脂肪やコレステロール増加の原因となってしまうのです。
また、不飽和脂肪酸は体に有益ですが、非常に酸化しやすいという弱点を持ちます。
この酸化を防いでくれるのが一価不飽和脂肪酸に属するオレイン酸です。
もしも、リノール酸やα-リノレン酸に比べてオレイン酸の割合が低すぎれば、酸化抑制効果が追い付かずに脂肪があっという間に酸化し、過酸化脂質へと変化してしまうことでしょう。
また、リノール酸過剰となると体内に血栓ができたり、炎症反応によりアレルギーやアトピーを発症するワンちゃんもいます。
この炎症反応から犬の体を守ってくれているのが、α-リノレン酸なのです。
α-リノレン酸はEPAやDHAに変化して血栓を防いだり、脳神経に良い影響を与えるだけでなく、強力な抗炎症作用も持ちます。
リノール酸が多すぎても、α-リノレン酸が少なすぎても、炎症を抑える作用は発揮しきれないため、多価不飽和脂肪酸同士の比率も重要となってくるのです。
このように、複数の脂肪酸がお互いの弱点を補い合い、健康効果を最大限に発揮できる絶妙なバランスで含まれているものが、エミューオイルなのです。
エミューは肥満犬や貧血気味のワンちゃんにオススメ
「バランスの良い脂肪酸」というエミューの大きな特徴は、さまざまな状態のワンちゃんに対して幅広くオススメできるポイントです。
鉄分豊富という点では、病気で貧血気味のワンちゃんに適しているといえます。
妊娠中、授乳中のワンちゃんにとっても鉄分は大切な成分ですが、通常より多くのカロリーが必要となる時期でもあるため、低カロリーがセールスポイントのひとつであるエミュー肉をメインとすることは控えたほうがよいと考えられます。
低脂肪で高タンパクという面から考えるのであれば、肥満気味で減量が必要なワンちゃんにはエミュー肉がピッタリだといえるでしょう。
筋肉が重要となるスポーツドッグにも適していますが、長距離を走り続けるなど持久力が要求されるスポーツや仕事をしている犬の場合には、筋肉と同時に脂肪やエネルギーも必要となりますので、その犬ごとの状態を見極めてフードを選ぶことが大切です。
まとめ
以上、エミューの栄養素と、ワンちゃんへの健康効果についてご説明いたしました。
高タンパク質で鉄分豊富という動物的な側面と、不飽和脂肪酸のバランスに優れるという植物的な側面を併せ持つ、少し不思議な食材がエミューの肉と脂です。
2017年現在においては、日本に住む私たちが愛犬の食事にエミューを取り入れたいと思ったら、種類の少ない市販のフードの中から選ぶか、限られたお店の通信販売などで冷凍のエミュー肉を取り寄せて、フードを手作りすることぐらいしか方法がありません。
そのため、エミュー肉をメインとした給餌を長く続けることは、現状では難しいといえるのではないでしょうか。
しかし、高い栄養価、頑丈な身体、穏やかな性格を持ち、飼育が容易というエミューの特性は、畜産業者や専門家からの期待も大きく、これからさらに飼育数が上昇する可能性も秘めているのです。
飼育が盛んになれば、エミュー肉やオイルを利用したドッグフードの種類も増えてくることも充分に考えられます。
その時に備えて、現段階ではマイナーなエミューという食材についての知識を仕入れておくことは、決して無駄ではありません。