ドッグフードの原材料「小麦」
青空に向かって伸びる小麦です。この種実の部分が、小麦粉などに加工されて食用となります。
イネ科コムギ属に分類される小麦は、米やトウモロコシと並んで、世界三大穀物に数えられるほど、収穫量も消費量も多い穀類です。
小麦の中で食用とされるのは、種実の部分です。
同じ麦の仲間である大麦は、種実を丸ごとご飯に入れて「麦飯」として食べたり、お茶にして飲んだりされますが、小麦の場合は実を細かく粉砕し、小麦粉として用いることが一般的です。
小麦粉はエネルギー源として、ドッグフードにも頻繁に利用されています。
ここでは、私たち人間にとってもワンちゃんたちにとっても身近な食材である小麦と、小麦粉などについて解説していきたいと思います。
収穫前の小麦に湿気や雨は大敵
穀物の中でドッグフードに最も多く使われているものはトウモロコシです。
小麦はトウモロコシに比べて価格が割高なこともあり、使用量はトウモロコシに次ぐ2番目となっています。
小麦の主な産地は、中国やアメリカ、EU諸国、ロシア、オーストラリア、インドなどです。
日本で使用される小麦は、カナダやオーストラリア、アメリカからの輸入品が大半を占め、国内産小麦の利用率は全体消費量の15%程度です。
涼しく乾燥した気候が適している小麦は、日本国内では主に北海道で栽培されています(2番目に収穫量が多い県は福岡です)。
小麦は、収穫前に湿度の高い環境に置かれたり、雨にうたれる機会が多いと、発芽しやすくなる性質を持ちます。
発芽の際に活性化する酵素のひとつが、タンパク質分解酵素です。
この酵素は、小麦のタンパク質特有の粘性や弾力性を低下させてしまうため、発芽した小麦から作られた小麦粉は品質の悪い物として扱われます。
質の悪い小麦粉を使ってパンを焼いてもキレイに膨らませることができません。また、ケーキを作っても型崩れし、うどんはコシがなくベッタリとした食感になります。
したがって、雨や湿気の多い土地は、小麦栽培には不向きなのです。
タンパク質量の差が小麦粉の用途の差に繋がる
小麦の胚乳のみを粉砕して作られた小麦粉です。外皮や胚芽が含まれていないため、きれいな白色をしています。
小麦から表皮や胚芽を取り除き、中身である胚乳と呼ばれる部分を挽いて粉状にしたものが小麦粉です。
また、胚乳とともに表皮と胚芽も一緒に粉砕して作られる全粒粉と呼ばれる小麦粉もあります。
一般的な小麦粉の真っ白な色と比べ、全粒粉は薄い茶色をしていることが特徴です。
さらに、ミネラル類や食物繊維が豊富に含まれているというメリットもあります。
こちらは全粒粉から作られたパンです。全粒粉の色が反映され、ほんのりとした茶色に焼きあがります。通常の小麦粉よりも栄養価が高いことが特徴です。
小麦は、穀物の中で唯一、グルテニンとグリアジンという2種類のタンパク質を含有しています。
このふたつのタンパク質に水を加えてこねることによって、グルテンが形成されます(厳密には、グルテニンとグリアジン以外の種類のタンパク質も合わさり、グルテンを構成しています)。
グルテンは、粘り気や弾力性に富んだタンパク質です。
パンやケーキを膨らませ、冷えた後でも柔らかさを保ったり、パスタやうどんのモチモチとしたコシを出すためには欠かせません。
小麦に含まれるタンパク質はわずか10%程度に過ぎませんが、このタンパク質の量が、小麦粉としての性質を大きく左右するのです。
小麦は、品種や産地によって、含有されるタンパク質の量が異なります。 タンパク質量が多く、粒子が粗い小麦粉から順に、強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉(例外的に、主にパスタやピザに使用されるデュラム小麦粉もあります)などに分類され、用途に応じて使い分けられています。
小麦粉の種類 | 特徴 | 主な用途 | 主な産地 |
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強力粉 | 小麦粉の中で最もタンパク質が多く含まれています。弾力性や粘り気が重視される食品に使用される小麦粉です。 硬質小麦(ハード小麦)と呼ばれる品種を使用して作られます。 |
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準強力粉 | 主にフランスパンを作る際に使用される小麦粉です。強力粉よりもタンパク質量は低めです。 ミネラル分を多く含む種類もあり、焼きあがったパンの風味が良くなります。 |
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中力粉 | 硬質小麦と軟質小麦の中間のタンパク質量を持つ、中間質小麦が原料となります。 うどんやそば作りには欠かせない小麦粉です。特にうどんには、オーストラリアや日本産の小麦が頻繁に利用されています。 |
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薄力粉 | 全ての小麦粉の中で、最もタンパク質の含有量が少ない種類です。軟質小麦(ソフト小麦)を製粉した小麦粉です。 小麦粉は練ることで粘性を高めて使用することが一般的ですが、薄力粉はあまり粘り気を出さずに使用されることが多い粉です。 |
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デュラム小麦粉 | タンパク質の含有量に優れたデュラム小麦(マカロニ小麦)から作られ、シコシコとした食感を出すことのできる小麦粉です。胚乳の色を由来とする、黄色がかった柔らかな色調を持ちます。 デュラム小麦は、気温が高く乾燥した気候を好む品種です。 |
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一般的に、タンパク質量の多いカナダ産の小麦粉が「高品質な小麦粉」などと呼ばれます。
しかし、性質によって用途が異なることが小麦粉の特徴です。
質が良い・悪いではなく、使用目的に適した性質を持つ小麦粉を選ぶことが大切なのです。
小麦粉の分類は、大きく分けると上記の表のようになりますが、各メーカーごとにさらに細分化されており、100種類以上の小麦粉を製造している会社も存在します。
どの程度のタンパク質が含まれていれば強力粉と呼ぶか、などといった世界統一の厳密な基準はありません。
フランスでは、タンパク質量ではなくミネラルの含有量によって小麦粉を分類するなど、国によって分類方法もさまざまです。
小麦粉に含まれているミネラル分が少ないほど、出来上がった食品は明るくキレイな色をしています。
反対に、ミネラルが多い小麦粉から作られた食品は、濁りのある色合いになりやすいですが、独特の風味によっておいしさが増すというメリットもあります。
エネルギー供給の目的でドッグフードに使用される
穀類の中で唯一、グリアジンとグルテニンを有するという特殊性から、タンパク質ばかりが注目されがちな小麦ですが、最も多く含まれている栄養素は炭水化物です。
炭水化物は、動物の体を構成・維持する基礎となる重要な成分を指す「三大栄養素」の中のひとつです(他のふたつは脂肪とタンパク質です)。
炭水化物は糖質と食物繊維に大別されます。
糖質は、エネルギー量は脂肪にかなわないものの(※)、消化吸収性に優れており、三大栄養素の中で最も素早くエネルギーに変わる栄養素です。
ドッグフードへ小麦(小麦粉)を使用する主な目的も、このエネルギーの補給です。
体内に取り込まれた糖質は、ブドウ糖(グルコース)へと分解され、ワンちゃんの体の燃料となります。
ブドウ糖のエネルギーによって働く器官といえば「脳」が有名ですが、赤血球や神経組織が働くためにもブドウ糖が必要です。
※糖質とタンパク質は1g当たり4kcal、脂肪は1g当たり9kcalのエネルギーを持ちます。
小麦に含まれる栄養素のうち、約5割から6割は炭水化物である糖質です。
小麦の糖質は、多糖類の一種であるデンプン質からできています。
このデンプン質も、食品の食感に大きく影響を与える要因のひとつです。
デンプン質は、アミロペクチンとアミロースという2種類の化合物から構成されています。
アミロペクチンもアミロースも、たくさんのブドウ糖が連なった構造をしている点は同じですが、その個数や繋がり方には差異があります。
それぞれの特徴は以下の通りです。
アミロペクチン
短い鎖状のブドウ糖が連なり、枝分かれした構造を持つものがアミロペクチンです。
ブドウ糖の数は数百から数十万個にも上ります。
アミロペクチンは、水に溶けず、温度が低下してもゲル状になり柔らかさを保つことが特徴です。
アミロペクチンが多く含まれているほど、その穀物は粘性が強く柔らかい食感を持ちます。
アミロペクチンの性質を最もよく表しているのは、お餅の原料となるもち米でしょう。
通常、お米にはアミロペクチンとアミロースの両方が含まれていますが、もち米には、アミロペクチンしか含有されていません。
そのため、あれだけの粘り気が出るのです。
アミロース
アミロースは、数十から数百個という控えめな数のブドウ糖から構成されています。
その構造も、アミロペクチンのように枝分かれはせず、長い1本の鎖のような形状をしています。
わずかに水に溶け、冷えた時に固まる(結晶化する)ことが、アミロースの特性です。
アミロースは食品に歯ごたえの良さをもたらしますが、量が多いとパサつき硬くなります。
お米で例えるならば、細長い形が特徴のインディカ米(タイ米)が、アミロースの含有量が多い品種です。
インディカ米には、日本産の米のようなモチモチとした柔らかさはありません。
硬めで粘り気の少ないインディカ米は、パラッとした食感が必要なチャーハンやパエリア、ピラフなどに適しています。
一般的な小麦のデンプン質には、27~29%程度のアミロースが含まれていますが、それよりも含有量のやや低めの小麦の方が、モチモチとした食感が出やすい傾向があります。
小麦ふすまは重要な食物繊維源となる
表皮や胚芽からできている茶色い「ふすま」は、繊維質が豊富な素材です。
小麦から小麦粉を精製する際に取り除かれる外皮や胚芽部分は「小麦ふすま(フスマ)」や「小麦ブラン」と呼ばれ、ドッグフードや飼料に利用されています。
ふすまには、食物繊維が多く含まれており、ドッグフードにも、繊維質強化の目的で配合されることが一般的です。
食物繊維は、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維(可溶性食物繊維)とに分けられます。
ふすまには、細胞壁由来のリグニンやセルロース、ヘミセルロースといった不溶性食物繊維が多く含有されています。
不溶性食物繊維はその名の通り、水に溶けない食物繊維です。
水には溶けませんが、水を吸い込んで膨張する性質を持つ不溶性食物繊維は、便秘に悩むワンちゃんには嬉しい成分です。
不溶性食物繊維が腸内で膨らむと、腸壁を適度な強さで刺激し、腸の動きが活発になります。
また、緩い便を固め、かさを増します。
これらの作用によって、便が腸内をスムーズに移動し、排泄されやすくなるのです。
便には、体内の老廃物や食品に微量に含まれる有害金属、菌類など、さまざまな有害物質も含まれています。
これらが速やかに体外に出ていくということは、腸内がきれいになるばかりでなく、健康や皮膚の調子などにも良い影響を及ぼすことが期待できるのです。
また、不溶性食物繊維が胃の中で膨らむと、食べ物が腸へと送られにくくなります。
そのため、胃の中に食べ物がいつまでも留まり、満腹感が持続するというメリットもあります。
これは逆に考えると、食物繊維が一切ない食事は、あっという間に消化器官を通過してしまい、十分に吸収されないまま排泄されてしまうということです。
不溶性食物繊維は摂り過ぎると、他の栄養素の吸収率を低下させたり、便を固めすぎて便秘を誘発するリスクもありますが、栄養素の吸収のためには(ある程度は)必須の成分なのです。
ちなみに、もうひとつの水溶性食物繊維(可溶性食物繊維)は、海藻類や果物、一部の野菜、コンニャクなど、柔らかい食感を持つ食べ物に多く含有されており、 水に溶ける性質を持っています。
水分に溶けるとゲル状になり、便を軟化させ排泄しやすくする他、有害物質を吸着して排出しやすくしたり、腸内の善玉菌を増やしてくれるなどの作用を持ちます。
各食物繊維についての詳細は、こちらの記事をご覧ください。→ドッグフードの成分表示「粗繊維」について解説!
ふすま100g当たりのエネルギー量は216kcalと控えめです(小麦のエネルギー量は100g当たり337kcalです)。
そのため、ふすまがエネルギー源として利用されることはありません。
しかし、繊維質の強化や体重コントロール用の低カロリーフードを作る際には重宝する食材です。
ふすまのデメリットは、肉食寄りの雑食性を持つワンちゃんや、完全な肉食性の猫ちゃんの嗜好には合わないということです。
これは、他の穀類全般に関してもいえることですが、ふすまなどの穀類由来の原料を多く配合したフードは、ワンちゃんの食い付きが悪くなるリスクがあります。
一方、草食動物である牛や馬は、ふすまの味や食感をご馳走のように感じるといわれています。
小麦アレルギーは大麦や米に交差性がある
多くのドッグフードに使用されている小麦ですが、その分、ワンちゃんにアレルギーを起こしやすい食材でもあります。
食物アレルギーの発症リスクは、アレルゲン(アレルギーを誘発する物質)を「食べた量」ではなく、「食べた回数」に左右されます。
その食品を食べる機会が多ければ多いほど、アレルギーを発症する可能性が上昇してしまうのです。
小麦がさまざまなドッグフードに配合されているということは、それだけワンちゃんの口に入る機会も多く、アレルギーの原因にもなりやすいということです。
ワンちゃんの場合、食物アレルギーの症状は主に皮膚に出ます。
特に、足の付け根や肛門周り、背中、足先、目・口の周辺、耳の中などに、痒みをともなう炎症が起こりやすいことが特徴です。
耳をしきりに掻く、足先が真っ赤に腫れるほど執拗に噛んだりなめたりするなどの行動がみられる場合には、食物アレルギーを発症している可能性が考えられます(もちろん、その他の皮膚病などの可能性もあるため、動物病院で見極めてもらうことが大切です)。
アレルギーによる痒みは強いため、飼い主さんがワンちゃんの名前を呼んでも反応しないほど、体を掻くことに集中しているケースも多くあります。
その他にも、嘔吐や下痢・軟便を繰り返すといった症状も、食物アレルギーによくみられる症状です。
小麦にアレルギーを持つワンちゃんは、大麦や米などでもアレルギー症状を起こす可能性があります。
この現象は、「交差(交叉)反応」や「交差(交叉)感作」と呼ばれます。
小麦と大麦、米は、それぞれ異なる種類の食べ物です。
しかし、アレルゲンとなる物質の構造が酷似しているため、ワンちゃんの免疫機能が見間違えて攻撃をし、アレルギー症状が誘発されるケースがあるのです。
小麦との交差性を持つ食品には、大麦と米の他、トウモロコシやライ麦などが挙げられます。
もちろん免疫システムが、小麦とその他の食品をしっかり見分けられる場合には、交差反応は起こりません。
小麦にアレルギーがあるからといって、上であげた穀類全てにおいてアレルギーが発症するわけではないのです。
ただ、可能性としてはゼロではありません。
このことを頭の片隅に置いておくと、ドッグフードを選ぶ時や手作りフードの献立を決める際の参考になるのではないでしょうか。
アレルギーの症状や病院での検査の流れ、アレルギー用の療法食などの情報は、こちらの記事をお読みください。→食物アレルギーの犬に対応したドッグフードの特徴
まとめ
小麦から作られる小麦粉は主にエネルギー源として、ふすまは繊維質補給のためにドッグフードに配合されています。
配合割合は各フードによって異なり、小麦をメインとして使用したフードから、脇役として栄養素の補助的に配合しているものまでさまざまです。
ワンちゃんは植物性食品の消化は苦手な傾向がありますが、小麦の主成分であるデンプン質の消化は比較的得意であることが分かっています。
そのため、犬に小麦を与えることを必要以上に警戒する必要はありません。
ただし、肉類や魚肉など、動物性食品の割合が多い食事を摂ってきたワンちゃんが、いきなり小麦などの穀類を口にした場合には、一時的に消化不良を起こすことも考えられます。
小麦に限った話ではありませんが、ワンちゃんに新しい食材を与える際には、まず少ない量から始め、様子を見ながら徐々に量を増やしていくことが大切です。