ドッグフードの原材料「アジ」
伝統的に魚料理を多く食べてきた日本人にとって、アジは特に親しみ深い魚のひとつではないでしょうか。
クセのないおいしさで刺身から干物、焼き物にまで幅広く利用できる便利なアジは、高タンパクで低カロリー、各種脂肪酸やカルシウムが豊富など、体に嬉しい食材でもあるのです。
ドッグフードの材料としてお目にかかる機会は少ないですが、アジにタップリと含まれた栄養素は、当然ワンちゃんの健康にも役立ちます。
そんなアジの栄養成分やドッグフードへの利用状況、愛犬へ摂取させる際の注意事項などをご紹介します。
アジの基本情報
アジの代表格は「真アジ」
アジ(鯵/あじ)はスズキ目アジ科に属する魚であり、尾の付近に「ゼイゴ(ゼンゴ)」と呼ばれるトゲ状の鱗(稜鱗)を持っています。
下の写真をご覧いただくと、アジの右上に切り取られた部分が映っていますが、これがゼイゴです。
ゼイゴは魚類の中でもアジのみに見られる特徴であり、「水の流れの向きや速さを感じるため」や「背後から襲われた時の防御のため」などに存在すると推測されていますが、ハッキリとしたことは分かっていません。
ムロアジやメアジ、マルアジなど、アジには多くの種類がいます。
その中でも日本において最も一般的なものは「真アジ」であり、単に「アジ」といった場合には、この真アジを指していることがほとんどです。
真アジは「黒アジ(ノドグロアジ)」と「黄アジ(金アジ)」に分けられます。
黒アジ(ノドグロアジ)は春には北上し、秋には南下するという回遊性を持った魚です。
背中やエラ付近が黒っぽい色をしていることから「黒アジ」と名付けられました。
海を広範囲に泳ぎ回るため運動量が多く、細長くスリムな体型をしています。
脂肪分も少ないためヘルシーな食材ではあるのですが、その分、食味はあまり良くないとされています。
対して黄アジ(金アジ)は全身がやや黄色みがかった色をしています。
黒アジと違って浅瀬など一ヶ所に住み着いて生活をします。
黒アジに比べると体を動かす機会が少ないために脂肪分が多く蓄えられ、太めの体型をしていることが特徴です。
脂質が黒アジよりも多いことにより味に優れ、価格も高めに設定されています。
こうした違いは、それぞれのアジの生まれた場所や生活環境、食べる餌などの差異から生じるものであり、生物学的には黒アジと黄アジは実は同種の魚なのです。
薄めの身の色やクセの少ない味を持つことから、アジは白身魚であると思われている人も多いのではないでしょうか。
しかし、アジは赤身魚に分類されています。
赤身魚と白身魚を分ける基準は、身の中に含まれるミオグロビン(※1)とヘモグロビン(※2)の量です。
これらの成分が100g中に10mg以上含有されている魚のことを赤身魚と呼びます。
赤身魚の代表格ともいえるマグロやカツオに比べると、アジのミオグロビン含有量は劣りますが、白身魚よりは多く含まれているのです。
※1 ミオグロビン・・・筋肉の中に多く存在し、酸素を蓄える役割を持った赤い色素です。体が酸素不足となると自らが貯蔵している酸素を吐き出し、供給する役割を持ちます。
※2 ヘモグロビン・・・赤血球の成分であり、体内に取り込まれれた酸素を全身に運ぶ働きをします。血液が赤い色をしているのは、このヘモグロビンが赤いためです。
クセが少なく味が良い
食べ物の味を例える際にはよく「クセがある」という言葉が使われます。
魚の場合には、ミオグロビンを多く含んだ血合筋(一般的には血合肉と呼ばれます)と脂肪分によって、味のクセがもたらされます。
血合筋が多いカツオや、タップリと脂肪が含まれているサバやイワシなどはクセも強く、人によって好みが分かれるでしょう。
それに比べてどちらの割合も低めのアジは、万人受けしやすい味わいを持っているのです。
「アジ」という名前も、多くの人の口に合い「味が良い」ことから名付けられたという説が有力視されています。
アジが優れた食味を持っているのは、脂肪や血合筋の割合だけが理由ではありません。
アジにはアミノ酸が多く含まれており、おいしさを作り出すことに一役買っているのです。
調味料などにも頻繁に利用されるグルタミン酸やイノシン酸はアジに複雑なうま味を与え、アラニンやアルギニンなどはほのかな甘みをもたらします。
アミノ酸は単独よりも複数が一緒になることによって、うま味がグンと増す効果があります。
アジはまさにうま味の宝庫なのです。
アジにはワンちゃんにとって食物から摂取しなければならない必須アミノ酸(ロイシンやイソロイシン、リジンなど)も豊富に含まれています。
そのおいしさで舌を楽しませてくれるアジは、ワンちゃんの健康にも有益な優れた食材なのです。
アジを利用したドッグフードは数少ない
かつては大衆魚と呼ばれていたアジも、2017年現在においては漁獲量が減少しており、以前と比較すると価格が上昇しています。
とはいっても、食卓に深刻な影響が出る状態となることはなく、安定した供給量で推移しているのです。
アジをメインのタンパク源としたドッグフードは、多くの種類は販売されていません。
しかし少ないながらも、日本産の商品にわずかに確認することができます。
海に囲まれた日本では、アジを始めとした魚介類が数多く水揚げされます。そのため安価で新鮮な魚が手に入りやすいという利点があるのです。
水産物に恵まれている日本産のドッグフードにアジが使われているのも自然なことでしょう。
また、海外産のドッグフードの場合、原材料の調達からフードの製造、日本までの輸送などにどうしても多くの日数がかかってしまいます。
日本産の原料を使って国内で作ったフードであれば、水揚げされたアジをすぐに加工できますし、フードの流通にかかる時間も少なくて済みます。
そのため、新鮮な状態のフードをワンちゃんにあげられるというメリットもあるのです。
ドッグフード以外でも、アジを丸ごと干したものや、細かくしてチップス状にしたものなどワンちゃん用のおやつにも利用されています。
アジは非常にヘルシーな食材
高タンパク、低脂肪、低カロリー
真アジ | ニシン | 鮭 | タラ | マイワシ | ||
---|---|---|---|---|---|---|
カロリー | kcal | 121 | 216 | 138 | 77 | 217 |
タンパク質 | g | 20.7 | 17.4 | 22.5 | 17.> | 19.8 |
脂質 | g | 3.5 | 15.1 | 4.5 | 0.2 | 13.9 |
ビタミンA | μg | 10 | 18 | 27 | 9 | 40 |
ビタミンB1 | mg | 0.1 | 0.01 | 0.26 | 0.1 | 0.02 |
ビタミンB2 | mg | 0.2 | 0.23 | 0.15 | 0.1 | 0.29 |
ビタミンB6 | mg | 0.4 | 0.42 | 0.41 | 0.07 | 0.44 |
ビタミンB12 | μg | 0.7 | 17.4 | 9.4 | 1.3 | 9.5 |
ビタミンE | mg | 0.4 | 3.1 | 1.3 | 0.8 | 0.7 |
ビタミンD | μg | 2 | 22 | 33 | 1 | 10 |
カリウム | mg | 370 | 350 | 380 | 350 | 310 |
カルシウム | mg | 27 | 27 | 10 | 32 | 70 |
リン | mg | 230 | 240 | 260 | 230 | 230 |
上記の表は、真アジとドッグフードに利用されることの多い魚類の栄養素含有量を一覧にしたものです。
アジのビタミン類には突出した値はないものの、満遍なく含まれていることが見て取れます。
この中で注目すべきはやはり、カロリーとタンパク質、脂質の量でしょう。
魚類は全体的にタンパク質含有量が多い食材ではありますが、アジはその中でもトップクラスのタンパク質量を誇ります。
その反面、脂質とカロリーは非常に低いため、体重が気になるワンちゃんにも安心して与えられるのです。
私たち人間以上に活発な犬たちには、脂質もエネルギーも大切な栄養素であることには違いありません。
体をしっかりと作らなければいけない成長期の子犬やスポーツを行うワンちゃん、警察犬や盲導犬といった体も頭も酷使する使役犬などは、特に多くのエネルギーを必要とします。
しかし、愛玩犬として家庭で飼われている一般的な成犬は、脂質やエネルギー過多により肥満傾向にある子も多くいます。
今現在肥満に悩んでいるワンちゃんや、避妊や去勢済みで太りやすくなっているワンちゃんなどには、高タンパクで低カロリーなアジは最適な食材です。
食欲旺盛でごはんをたくさん食べたがるワンちゃんにも、カロリー控えめなアジのフードはオススメできます。
下の表は、ドッグフードの原材料として代表的な肉類とマアジの各種栄養素を比較したものです。
アジに含まれるタンパク質は肉類にも匹敵するほどであることが分かります。
真アジ | 鶏肉(もも) | 牛肉(もも) | 豚肉(もも) | ||
---|---|---|---|---|---|
カロリー | kcal | 121 | 116 | 182 | 183 |
タンパク質 | g | 20.7 | 18.8 | 21.2 | 20.5 |
脂質 | g | 3.5 | 3.9 | 9.2 | 10.2 |
DHAとEPAの作用で血流改善
アジは背中部分が青みがかった色をしている「青魚(青背魚)」の仲間です。
青魚にはDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)と呼ばれる脂肪酸が豊富に含まれています。
DHAとEPAはどちらも血液の流れを良くする作用や、アレルギー症状を抑える抗炎症作用などを持っています。
「血流を良くする」という共通の効果をもたらすこのふたつの脂肪酸ですが、血流改善のメカニズムやその他の作用には違いがあります。
DHAは血管自体を柔らかくすることによって、血液を流れやすくします。
また、脳には非常に多くの脂肪酸が含まれており、その中にはDHAも入っています。
そのためDHAの摂取は知能にも良い影響を与えるのです。
具体的には、脳細胞の働きを活発にして、物事を考えたり、覚えて頭に留めておく力(学習能力や記憶力)を良い状態に保つ効果があります。
対してEPAは血液の凝固(固まること)を防ぎ、サラサラとスムーズに流れるようにしてくれるのです。
そのため血栓の予防効果が非常に高く、動脈硬化の進行を抑える働きが期待されています。
骨付きのアジはカルシウムがタップリ
生のマアジの身には、100g中約27mgのカルシウムが含まれています。
これだけを見ると少ない印象がありますが、身と骨を合わせるとなんと約780mgまでアップするのです。
ドライフードにアジが利用される場合、一般的には骨は取り除かれずに身と一緒にフードに加工されます。
そのため身だけを食べるのに比べて、アジを使ったドッグフードは非常に多くのカルシウム摂取が期待できるのです。
カルシウムは丈夫な骨や歯の合成や維持には欠かせません。子犬の頑丈な骨格を作るためやシニア犬の骨折防止などにも重要な栄養素です。
アジの骨は、他の魚に比べるとそれほどの硬さはないといわれています。
それに加えて、ドライフード中に含まれているアジの骨は、粉々に砕かれ高温で調理されているため、ワンちゃんの喉や食道、内臓に刺さる可能性は限りなく低いでしょう。
しかし、生のアジをご家庭で調理してワンちゃんに与える際には注意しなければなりません。
体の小さな犬や飲み込む力が弱い子犬や老犬、病気中のワンちゃん、丸飲みの習慣を持つ子などは、小さな骨でも引っかかってしまうリスクがあります。
アジを骨まで食べさせたい場合には、ドライフードの製法のようにフードプロセッサーなどで細かくし、圧力鍋などでクタクタになるほどに煮込むなどの工夫が必要です。
正常な体調を保ってくれるタウリン
アジの身には、タウリンも豊富に含まれています。
タウリンはイオウを含んだ「含硫アミノ酸」の一種です。
外的要因によってもたらされる、「望ましくない体の変化」を抑えて、正常な状態をキープする働き(恒常性)があります。
寒い場所でも体温が下がり過ぎないように抑えたり、血圧の異常な上昇や下降を食い止めるなど、生物が生きていく上で重要な効果をもたらすのです。
その他にもタウリンには、インスリンの分泌を促進して血糖値の上昇をセーブする作用も認めれています。
加えて疲労感軽減や白内障予防など、多くの効果が期待できるタウリンは、幅広い年齢・状況のワンちゃんにとって大切な栄養素です。
特に、アメリカン・コッカー・スパニエルやゴールデン・レトリーバー、アイリッシュ・ウルフハウンド、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの4犬種は、タウリン不足による心疾患の発生率が高いといわれています。
これらのワンちゃんには特に、アジなどのタウリンを多く含む食材を積極的に摂取させてあげることが大切です。
タウリンについての詳細はこちらの記事をご確認ください。
→ドッグフードの栄養素「タウリン」の健康効果とは?
カリウムで塩分排出と骨粗しょう症予防
カリウムも、アジに多く含有されている栄養素のひとつです。
カリウムはナトリウム(塩分)の排出を促し、体内の塩分バランスを調節する作用を持ちます。
そのため、血圧が高めのワンちゃんには心強い味方となる成分なのです。
他にも、カルシウムが尿と一緒に体外に出て行ってしまうことを抑えてくれるため、骨粗しょう症予防にも効果的なのではないかといわれています。
愛犬にアジを与える際の注意点
過酸化脂質による健康被害
アジの干物は塩分過多と脂肪酸化の不安がある
アジの干物といえば、日本の食卓ではお馴染みの食べ物です。
スーパーでも簡単に手に入りますし、旅館で食べる朝食を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
干物は乾燥させて作られるため水分が抜け、生の状態よりも各種栄養素が凝縮されているというメリットがあります。
しかし、アジの干物をワンちゃんに与えることは避けましょう。
ワンちゃんにとって干物の塩分は強すぎます。
また、アジに含まれているDHAやEPAは非常に不安定な成分であり、時間経過とともに酸化しやすいという特徴を持っているのです。
脂質が酸化すると過酸化脂質という物質に変化し、体内をサビ付かせて老化の促進や高血圧、動脈硬化、ガンなどを誘発する可能性が指摘されています。
脂質は空気に触れる時間が長ければ長いほど、どんどんと酸化が進みます。
アジを干物に加工するには手間がかかり、捕れたものをすぐに出荷するというわけにはいきません。
また、生のものに比べると長く保存が可能なため、購入した干物を保管している間に脂質の酸化がさらに進み、過酸化脂質が増えてしまうのです。
アジの干物はとても良い香りがするため、飼い主さんが食べている時に欲しがるワンちゃんも多いと思われますが、おすそ分けなどすることのないようにしましょう。
イエローファット(黄色脂肪症)発症のリスク
脂質の酸化によって引き起こされる健康被害には、イエローファット(黄色脂肪症)も挙げられます。
イエローファットとはその名の通り、体内の脂肪が黄色く変色してしまう病気です。
原因はやはり、魚に含まれる脂質です。
酸化しやすい脂質を多く取り入れると、体内の脂肪も酸化してしまうのです。
酸化した脂肪は黄色い色を呈します。主に胸や腹の部分の脂肪が黄色くなり、ひどくなると炎症を起こします。
ワンちゃんが発熱したり、痛がって歩けなくなることもあるなど、油断できない病気です。
DHAやEPAが多いアジなどの青魚は、特に過食に注意したい食材です。
手作り食の場合はその日によってメニューを変えることが容易であるため、アジや他の青魚の献立が連続しないように気を付けましょう。
アジなどの魚類を使ったドッグフードには、脂質の酸化を防ぐために抗酸化剤が使われていることがほとんどです。
また、メーカーによっては、フードへの加工時の加熱処理を最小限に留めるなど、極力酸化を防ぐことができるように対策を講じています。
とはいえ、パッケージを開封して空気に触れたドッグフードが酸化していくことは避けられません。
抗酸化剤が入っているからと過信はせず、開封後はなるべく早く使い切るようにしましょう。
ドライフードであれば、一度開封程度すると1ヶ月の保存が限度であるとされています。
種類によっては、さらに早い期限を設けられているフードもありますので、パッケージの注意事項をよく確認してください。
ヒスタミンの増殖に要注意
アジに含まれているヒスチジンという物質は、時間とともに細菌に分解されてヒスタミンという成分へと変化します。
このヒスタミンはアレルギー症状のもととなり、大量に摂取すると皮膚や粘膜のかゆみ、発赤、じんましん、嘔吐、下痢、呼吸困難などの症状をもたらすことがあります。
ヒスタミンを生成する細菌の適温は30~37℃程度です。
そのため、暑い季節にアジを常温で保存していると、あっという間にヒスタミンが増殖してしまいます。
では冷蔵庫で保存しておけば安心かというとそうでもありません。
これらの菌の中には低温の環境下でも活動可能な種類も存在するのです。
加熱することで菌を死滅させることは可能ですが、一旦作られてしまったヒスタミンを壊すことは不可能です。
ヒスタミンによる愛犬の健康被害を防止するためには、アジを新鮮なうちに料理して食べさせてしまうことにつきます。
また、一度解凍したアジを再度冷凍したり、解凍に時間をかけることも危険です。
解凍は素早く、可能であれば低温の冷蔵庫の中で行うなども、ヒスタミンの生成を抑えるために有効です。
まとめ
これだけの成分を誇り、味にも優れている魚でありながら、使用されているドッグフードの種類がわずかなためにワンちゃんの口に入る機会が少ないという現状は非常に残念です。
食品アレルギー発症を防ぐためのフードローテーション(※3)や、アレルギーをすでに持っているワンちゃんの食事の選択肢を増やすためにも、アジを利用したフードの種類が増えてくれることを期待したいですね。
※3 フードローテーション・・・摂取するタンパク源が同じ種類に偏らないように、さまざまな素材を使ったフードを(数ヶ月間隔などで)交互にワンちゃんに与える方法のことです。同じ食材を頻繁に摂取することで発症しやすくなるアレルギーを予防するために行われます。