ドッグフードの保存料「安息香酸ナトリウム」
安息香酸ナトリウムは、ワンちゃん用のジャーキーや飲み物、シャンプー、私たちが使用する化粧品や歯磨きペーストなど、さまざまなものに添加されている保存料です。
すこし変わった名称であるために、原材料欄で見かけて「一体どんな成分なのだろう?」と気になっていたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここでは、安息香酸ナトリウムの語源から働き、健康へのリスクなどについて幅広く解説していきたいと思います。
安息香酸ナトリウムの素となる安息香酸について
安息香酸ナトリウムは、安息香酸にナトリウムを結合させて人工的に作られる保存料です。
安息香酸ナトリウムについてお話する前に、その原料となる安息香酸について、少しだけご説明します。
安息香酸とは、「安息香」という樹脂から発見された物質です。
安息香は、アンソクコウノキ(エゴイノキ科/東南アジア原産)という名前の高木の樹皮に傷を付けて、採取された樹脂を固めたものです。
安息香の甘い香りは「バニラのようだ」と例えられ、古くから香料として利用されてきました。
「安息香」という清涼感漂う名称の語源には、以下のように諸説あります。
- 安息香を加熱すると安息香酸を含む蒸気が出てくるため、その刺激でせき込み痰が切れやすくなる。このことから、「息を安らかにしてくれる」という意味で「安息香」と呼ばれるようになった。
- 安息香が「さまざまな病を癒してくれる(=安息に繋がる)」という本草綱目(中国の古い書物)の記述より。
- 現在のイラン周辺に繁栄したパルティア王国で好まれていた香りと、安息香の香りが酷似していたことから。「安息」は、パルティア国の王様であるアルタクシャサを漢語に音訳したもの。
など、今となってはどれが正解であるのか知ることはできませんが、安息香という珍しい名には、このような興味深いいわれが色々と存在しているのです。
この安息香に含まれる安息香酸は、現在では樹脂からではなく石油などを使って合成されています。
安息香酸自体も保存料として利用されますが、水に溶けにくいという欠点を持ちます。
そのため、ナトリウムと一緒にすることで水への親和性を増したものが作られました。
それが安息香酸ナトリウムです。
安息香酸ナトリウムはpHが酸性の時に働く
安息香酸ナトリウムは、さまざまな微生物(各種細菌類やカビなど)の繁殖を抑える抗菌作用を持つ保存料です(殺菌作用はありません)。
安息香酸ナトリウムが効力を発揮するためには、ひとつの条件があります。
その条件とは、環境が酸性でなければならないということです。
安息香酸はpH(ペーハー)5以上、安息香酸ナトリウムはpH8以上を超えると抗菌効果が無くなってしまうのです。
pH(ドイツ語の発音はペーハー、英語ではピーエイチと呼ばれます)の値は、0~14まであり、中間の7が中性を表します。
7より小さい数字になるほど酸性度が強く、大きな数字になるほどアルカリ性度が強くなります。
つまり、安息香酸であれば強酸性から弱酸性まで、安息香酸ナトリウムは強酸性から弱アルカリ性寄りの中性の環境下で、菌類の増殖を抑制する働きを持つということです。
安息香酸に比べると、安息香酸ナトリウムの方が、活動できるpHの範囲がやや広めです。
このように、主に酸性の条件下で働く保存料のことを総称して、酸型保存料と呼びます。
安息香酸や安息香酸ナトリウムを使用する食品や化粧品などは、常に酸性の状態を保っていなければなりません。
そのため、pH調整材と併用されることが一般的です。
pH調整剤は、物質のpH値を酸性やアルカリ性に傾けるために使用される添加物です。
pH値によって色調が変化するジャムなどの色を一定に保つ、商品の性質を安定させる、化粧水や洗顔料を人の肌と同じ弱酸性(※1)にするためなどにも用いられています。
pH調整剤は、ワンちゃんの食べるセミモイストタイプ(半生タイプ)のフードやジャーキー、歯磨きガムなどにもよく使われている添加物です。
pH調整剤は、酸性のものとアルカリ性のものとに分かれ、それぞれに幾つかの種類があります。
商品のpH値を酸性にする調整剤には、クエン酸やアスコルビン酸(ビタミンCのことです)など、私たちに馴染みのある成分も使用されています。
※1 人間の健康な肌はpH4.5から6.0程度の弱酸性であり、皮脂の分泌の多い脂性肌ほど酸性に傾きがちです。ワンちゃんの皮膚のpHは、専門家の間でも意見が分かれるところではありますが、pH6.2から8程度のややアルカリ性に傾いているといわれています。そのため、人間よりも細菌が繁殖しやすいという特徴があります(皮膚は酸性寄りの方が、菌の増殖が抑制されます)。
犬用ジャーキーやシャンプー、歯磨きなどに利用される
安息香酸ナトリウムは、ワンちゃん向けのジャーキーや栄養補給用の飲料水などに添加されていることもありますが、フード類への使用はそれほど多くありません。
しかし、シャンプーやコンディショナー、トリートメント、イヤークリーナー、歯磨きペースト、口腔洗浄剤などには頻繁に利用されています。
原材料欄には、「安息香酸ナトリウム」と表示される場合と、「安息香酸Na」と省略されているケースがあります。
「Na」は「ナトリウム」の元素記号であり、両者は同じ添加物です。
人間用のファンデーション、口紅、フェイスクリームなどの化粧品類や、洗顔フォーム、ヘアケア製品などにも安息香酸ナトリウムを使用した商品が多く販売されています。
ただし、安息香酸ナトリウムを人用の食品に使う場合には、使用制限が設けられています。
人間用の食品の中で安息香酸ナトリウムを使用してもよいものは、しょう油、マーガリン、シロップ、キャビア、清涼飲料水、果実を使ったペーストと果汁(製菓などに用いる)のみです。
さらに、しょう油であれば1㎏当たり0.6g以下、キャビアは2.5g以下などと、使用量も厳密に決められています。
しかし、ワンちゃんたちのフードに対しては、このような制限はありません(2018年2月現在)。
2009年6月から施行されたペットフード安全法(愛玩動物用飼料の安全性の確保に関する法律)(※2)においても、安息香酸ナトリウムに関する使用制限は定められてはいません。
そのため、種類は少ないながらも、安息香酸ナトリウムを添加したフード類が販売されているのです。
※2 ペットフード安全法(愛玩動物用飼料の安全性の確保に関する法律)・・・ペットフードに対する添加物の使用規制や、原材料表示の徹底、製造基準に違反したフードの製造や輸入・販売禁止などの項目を盛り込んだ、ペットの健康を守るための日本の法律です。
ここでいう「ペット」とは、2018年2月現在、犬と猫のみを指します。これは、日本国内で最も飼育頭数の多いペットが犬と猫であるためとされています。
安息香酸ナトリウムに指摘される健康リスク
ビタミンCとの併用でベンゼンが生成される
安息香酸ナトリウムは、ビタミンCと併用すると、化学反応を起こしてベンゼンという物質に変化するリスクがあります。
有機化合物の一種であるベンゼンは、引火性や揮発性の高い物質です。
常温下では液状を保ち、鼻にツンとくるガソリンに似た不快なニオイがするという特徴があります。
医薬品や殺虫剤、プラスチックなど、さまざまなものの原材料として使用されるベンゼンですが、発がん性があることが確認されている物質なのです。
国際がん研究機関(IARC)(※3)においても、「(人間に対して)発がん性がある」ということを表すグループ1に分類されています。
また、ベンゼンを短期的に大量摂取することで、頭痛や嘔吐、気管やのどの炎症、呼吸困難、意識障害、悪性貧血などさまざまな健康被害が出ることもあります。
※3 国際がん研究機関(IARC)・・・世界保健機関(WHO)を母体とし、発がん性物質の研究、発がんの要因やメカニズムの検証などを行っている機関です。本部はフランスのリヨンにあります。
2006年にはイギリスなどにおいて、安息香酸ナトリウムとビタミンCを含んだ清涼飲料水から、低濃度のベンゼンが検出され、国が食品メーカーに対して自主回収を勧告するという騒ぎになったこともありました。
この飲み物には、安息香酸ナトリウムが保存料として、ビタミンCが酸化防止剤として添加されていました。
実際には、安息香酸ナトリウムとビタミンCが反応してベンゼンが生成されるには、温度や光、両者の濃度、pHなど、さまざまな要因が絡むといわれています。
そのため、このふたつの物質を併用したもの全てが危険であるとは言い切れませんが、疑わしい物はなるべく愛犬から遠ざけてあげた方がよいでしょう。
注意欠如多動性障害(ADHD)の症状悪化の可能性
英国食品基準庁(FSA)(※4)は、安息香酸ナトリウムやタール系色素(石油系の原料から合成される着色料)を使用した食品によって、注意欠如多動性障害(ADHD)を持った子どもの症状が悪化するリスクがあると指摘しています。
注意欠如多動性障害はADHDとも呼ばれ、
- 注意力や集中力の欠如(じっとしていられないなど)
- 部屋や身の周りの整理が苦手
- 人との約束事が守れない
- 忘れ物や無くし物を頻繁にする
- 感情コントロールが不得手
など、さまざまな症状が現れる生まれつきの発達障害のことを指します。
以前は注意欠陥多動性障害と呼ばれていましたが、注意欠如多動性障害という表現に改められました(2018年2月現在においては、どちらの名称も使用されることがあります)。
※4 英国食品基準庁(FSA)・・・ロンドンに本部を置く、イギリスの機関です。食品によって国民が健康被害を受けないように、食の安全を監視をすることを目的として運営されています。
「人間の注意欠如多動性障害は聞いたことがあるけれど、犬には関係ないんじゃない?」と思われる飼い主さんも多いことでしょう。
しかし、まれではあるものの、ワンちゃんにも同様の症状を持った子犬が生まれてくることがあると指摘されているのです。
ワンちゃんの場合には、注意欠如多動性障害やADHDという表現よりも、「過活動」を表すハイパーアクティブ、ハイパーアクティビティーといった言葉が用いられることが多いです。
ハイパーアクティブのワンちゃんは、
- 刺激の少ない環境下でも、ジッとしていることができない
- 人や他の動物に衝動的に飛びかかったり、吠えかかる
- 落ち着きがなさすぎて、散歩をさせることにも苦労する
- 身の回りにある物をかじったり振り回して破壊する
- 呼吸数や心拍数、ヨダレの量が正常な犬よりも多い
- 食事をしっかりと摂取していても体重が異常に軽い
などの症状がみられることがあります。
もちろんこうした症状が愛犬にあったとしても、すぐさまハイパーアクティブであると断定することはできません。
問題行動に関しては、生まれつきの性格であるなら、トレーニングなどで解消できることもありますし、ストレスや運動不足から起こっている可能性も十分にあります。
また、体調の異常に関しては内部疾患など何かしらの病気である可能性もありますので、いずれにしろ一度は獣医さんの診断を仰ぐ必要があるでしょう。
しかし、中には生まれついての注意欠如多動性障害である子も存在すると考えられています。
健康にも、しつけや生活環境にも問題がないのにこうした症状が起こる愛犬に対しては、安息香酸ナトリウムの入った食品は避けた方がよいでしょう。
ただし、安息香酸ナトリウムの注意欠如多動性障害への影響に関しては、「研究結果に一貫性がない」ことなどを理由として、「根拠なし」と主張している機関もあり、いまだハッキリしたことは判明していません。
あくまでも、「可能性がある」という指摘止まりであるのが現状です。
安息香酸ナトリウムの用途や健康リスクなどについてご紹介しました。
安息香酸ナトリウムは、その爽やかなイメージの名称や、数多くの商品に当たり前のように添加されていることなどから、「特に気に留めたことがなかった」、「悪いイメージはなかった」という方も多いと思います。
しかし前述通り、可能性レベルの話ではありますが、安息香酸ナトリウムはさまざまな健康リスクが懸念される保存料でもあるのです。
安全性が明確になっていないという事実は、不安感をあおりますし、人用の食品に対して使用制限のある添加物を、愛犬に食べさせたくないと思われる飼い主さんも大勢いらっしゃるでしょう。
このような添加物の安全性は、新しい研究データが発表されることによって更新されていくものです。
安息香酸ナトリウムの毒性についても、この先新事実が判明する可能性も大いにあります。
常に新鮮な情報に気を配り、普段のフード選びに役立てましょう。