ドッグフードの酸化防止剤「クローブ抽出物」
クローブは、料理やアロマテラピーを趣味としている方にはお馴染みの植物ですが、多くの日本人にとってあまり身近な存在ではありません。
とはいえカレーの主要なスパイスとして使われているため、どのようなものかは知らなくても、一度は口にした経験のある方がほとんどなのではないでしょうか。
クローブはカレーの他にも、肉料理やポトフなどの香り付けにも用いられます。
また、クローブから抽出された油は、マッサージオイルや芳香剤として活用されてもいるのです。
クローブの特徴は強い香りだけではありません。
抗酸化作用や殺菌作用も併せ持っているのです。
そのため、クローブを原料にして作られるクローブ抽出物は、酸化防止剤や保存料として、ドッグフードや人間用の食品、化粧品などにも添加されています。
ここでは、クローブ抽出物の働きや、ワンちゃんに対する危険性などをみていきたいと思います。
つぼみから作られるクローブ抽出物
まずは、クローブとはどのような植物なのかについてご説明します。
クローブは、インドネシアのモルッカ群島にあるテルテナ島を原産とする常緑樹です。
モルッカ群島は、クローブの他にもナツメグやシナモンなどさまざまな香辛料が採れることで有名であり、香料諸島(スパイス・アイランド)という愛称でも呼ばれています。
インドネシアの他にも、ブラジルやマダガスカル、タンザニアなどの温かい地域でもクローブは育てられています。
クローブはやや甘く刺激的な風味に加えて殺菌・防腐作用を持つことから、海外では古くから料理の香り付けや消毒剤として愛用されてきました。
日本にも5~6世紀頃にはすでに入ってきていたといわれています。
昔の日本人はクローブで着物を染めたり、クローブから抽出した油を刀のサビ止めに利用していたという記録が残っています。
クローブは筒状の白い花を咲かせますが、開花前の1.5センチ程の大きさのつぼみは、鮮やかなピンク色をしています。
このつぼみを収穫し、エタノールやアセトンで有効成分を抽出(水蒸気蒸留の方法もあります)したものが、抗酸化剤であるクローブ抽出物です。
成分組成がつぼみと類似しているため、クローブの葉や花が原料として用いられる場合もあります。
中国ではクローブのことを、釘を意味する「丁」の字を当てて「丁字」や「丁子」(チョウジ)と書きます。
この呼び名は、クローブのつぼみが釘の形に似ていることから付けられました。
日本においてもクローブはチョウジと呼ばれることも多く、クローブ抽出物はチョウジ抽出物(またはチョウジ油)と表記される場合があります。
クローブ抽出物の主成分「オイゲノール」の効能
クローブ抽出物の主成分は、ポリフェノール(※)の一種であるオイゲノールです。
クローブは辛味や甘味、苦味という複雑な味を持ち、放つ独特の香りには虫よけの効果があります。
特にゴキブリは、クローブの香りが大の苦手であるといわれています。
この味や香りはオイゲノールの作用によるものなのです。
オイゲノールはバナナやシナモン、ローリエなどさまざまな食品にも含まれますが、クローブの含有量はその中でも突出しています。
オイゲノールには抗酸化作用があり、食品の酸化を防ぐ働きをします。
ドッグフードにはタンパク源となる肉や魚、添加されている植物性・動物性油脂など、酸化しやすい原材料が多く使われています。
中でも、ワンちゃんの皮膚の潤いや毛ヅヤを良くするために使用されているサーモンオイルやニシンオイル、亜麻仁油、ごま油などは特に酸化しやすい油です。
また、ワンちゃんの食いつきを良くするために、フードの表面に油がコーティングされていることもあります。
こうした油分が空気に触れて酸化すると、ドッグフードの袋を開けた時に油の腐ったような嫌なニオイがしたり、ワンちゃんが嫌がって食べなくなることがあります。
酸化した脂質は過酸化脂質となり、ワンちゃんの体の中をサビつかせます。
それが引き金となり、老化の促進やアレルギー、ガン、心臓病、動脈硬化などが誘発される可能性があるのです。
オイゲノールを含むクローブ抽出物を添加することで、フードの品質劣化を防ぐことが可能となります。
また、オイゲノールには強い抗菌作用も認められています。
カンジダ菌や真菌、大腸菌、黄色ブドウ球菌など、さまざまな菌類が増殖することを防いでくれるのです。
さらには消化促進作用もあるとされ、タンザニアの人々は昔からクローブのつぼみを食べることによって胃の健康を守ってきました。
※ポリフェノール・・・自ら場所を移動して危険を避けることのできない植物が、紫外線の害や虫に食べられる被害から身を守るために作り出す成分の総称です。緑茶のカテキンや大豆のイソフラボン、ブルーベリーのアントシアニンなどは全てポリフェノールの仲間です。
クローブ抽出物が不安視される理由
抗酸化作用や抗菌作用を持つクローブ抽出物ですが、ワンちゃんへの毒性がないのかどうか、飼い主としては心配になりますよね。
酸化防止剤であるクローブ抽出物は、ドッグフードや犬用のおやつに添加されています。
また、アロマテラピーに用いられるクローブオイルは、ワンちゃんの使う歯磨きペーストや虫よけスプレーなどにも広く使われているため、安全性は高そうに思えます。
クローブ抽出物がワンちゃんの体に悪影響を及ぼしたという研究結果も確認できません。
しかし一部では、クローブ抽出物の安全性に関して不安視する声も存在するのです。
有機溶媒が残存している可能性
クローブ抽出物が危険視される理由のひとつに、抽出方法が挙げられます。
前述の通り、クローブ抽出物を作る際にはエタノールやアセトンという有機溶剤が使用されることがあります。
ここではアセトンを例として挙げ、ご説明します。
アセトンは水に溶けにくい物質をよく溶かす作用を持ち、わたしたちの身近なところではマニキュアを落とす除光液にも利用されています。
しかし揮発性と引火性があり、毒性も強い成分といわれているのです。
クローブ抽出物の主成分であるオイゲノールは油脂によく溶けるため、脱脂作用を持つアセトンなどを用いて抽出されます。
そうして完成したクローブ抽出物に、アセトンが残留しているのではないかと心配されているのです。
過去に行われた実験によると、犬に体重1kg当たり1~2.5gのアセトンの経口投与を続けると、腎炎を発症したり、8~10mlで腎細管の壊死やアルブミン尿が確認されたという結果が出ています。
対して、クローブ抽出物のアセトン残存量は「1g中に30μg以下」と厳格に定められています。
「μg(マイクログラム)」とは「100万分の1グラム」を表す非常に小さな単位です。
そのため、いたずらに不安になる必要はないとも考えられますが、絶対にワンちゃんに健康被害が出ないと断言することもできません。
「わずかなリスクでも愛犬から遠ざけたい」と考える飼い主さんの中には、クローブ抽出物を避ける方もいらっしゃいます。
水蒸気蒸留で抽出されている場合には、有機溶剤残留の心配はありません。
しかし、ドッグフードに添加されているクローブ抽出物が、何を使って抽出されたのかまではパッケージを見ても書いてはいないでしょう。
これはクローブ抽出物に限らずローズマリー抽出物など、有機溶剤を用いて取り出される可能性のある他の添加物についても同様です。
オイゲノールが犬に与える健康被害
オイゲノールを用いた実験結果では、体重1kg当たり0.5gの量を犬に与えた場合、1日以内に昏睡が起こり、死亡するケースもあると確認されています。
そのため、1日当たりの犬のオイゲノール摂取量は5mg以下にするべきであるといわれているのです。
また、アロマテラピーに使われるクローブオイルは、犬にとっては強力な皮膚刺激と肝毒性を持つため、ワンちゃんへの使用は禁忌であるともいわれています。
オイゲノールは私たち人間に対しても毒性があり、過剰に摂取した場合、下痢や吐き気、血尿、めまい、意識喪失、皮膚炎(皮膚に接触した場合)などを引き起こす危険性があります。
これらのデータは、クローブ抽出物そのものの毒性についてではありませんが、オイゲノールがクローブ抽出物の主成分と考えると、無視してもよい情報かどうかについては疑問が残ります。
日本において、クローブ抽出物は「既存添加物」に指定されています。
既存添加物とは、人々に長い間使用されてきた歴史があり、その間に大きな健康被害が出ておらず、危険性が低いと推測されることから使用が認められている添加物のことです。
既存添加物は、以前は天然添加物と呼ばれており、自然由来の成分であることも特徴です。
しかし、今までの経験から「安全である可能性が高いであろう」と判断されているだけで、しっかりとした安全性の検証が行われていない成分も存在するのが現状です。
そのため、安全性の再検討が必要と指摘されている添加物(青いクチナシ色素など)もあり、安全と証明できるだけの使用実績がないという理由から、既存添加物から削除される成分もあるのです。
着色料として利用されていたアカネ色素も、もともとは既存添加物でしたが、発ガン性や変異原性が認められたことにより、現在は使用禁止となっています。
クローブ抽出物に安全性の再検証が指摘されているという情報は確認できませんでしたが、これから先もずっと既存添加物として認可され続けるという保証もありません。
今の段階でいえることは、クローブ抽出物には「安全性が高い」という意見と、「犬には避けたほうがよい」という意見の両方がみられるということです。
クローブ抽出物を使用したフードを愛犬に与えるか否かは、私たち飼い主が責任を持って決めなくてはなりません。
ドッグフードの抗酸化物質には、クローブ抽出物以外にもミックストコフェロールやビタミンCなど、安全性がある程度保証されているものもあります。心配な場合には、それらの成分が使用されている商品を選ぶとよいでしょう。